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精神科医のニア・ミス

「精神科医のニア・ミス」第十回

みんながそうしている 〜自分で考える中2へ〜

 先ごろ全国学力テストが行われた。秋田県の小中学生は「早寝早起き朝ご飯」のお陰で上位キープ中といわれる。だが中学生の携帯所持が増え、夜更かしと不勉強を心配する声も出てきた。
 過日、ある中学校の2年生に講義をする機会があった。中2の秋はわが世の春。3年生は夏休みで部活引退、受験を前に余裕がない。中1には睨みがきく。おまけに第2次反抗期真っ盛り。こんな中2に、携帯は寝不足や不登校、いじめの原因になるかも、とやっても時間のムダである。
 そこで例のジョーク。客船が沈没して人々が救命ボートに乗った。だが定員3名オーバー。船長は米国人に言った。飛び込めば君は英雄になれる。彼はOKした。ドイツ人には飛び込むのが義務と言って了解。日本人には?「皆さんがそうしています」。中2たちは笑った。笑っている場合じゃない!
 日本人の右倣い癖は欧米人に笑われてきた。それではいかんと個性尊重の教育を諸君は受けた。ところが親に携帯をねだる殺し文句は「皆が持っている」。一方、諸君の3人に1人は片親で、原因は離婚が多い。今あくびをした君と、もし私が結婚するなら役所が休日でも郵便受けに婚姻届を入れて完了だ。でもフランスでは、エイズは大丈夫かなど健康診断や財産証明など膨大な書類を準備し、もしもの離婚に備える。結婚手続きがあまりに面倒なため2人に1人はシングルマザーだ。(ほんと?)
 いずれにせよ複雑な家庭が増えてきた。学校も政治も外交もみな複雑怪奇。こんな世界で生きてゆくには、何が正しいか、何が間違いか、自分で考え、「皆がそうしている」とは別の生き方を…。脱線話に中2たちは転覆した。


尾根白弾峰
尾根白弾峰
  • 旧・大内町出身 本荘高校卒
  • 1980年 自治医大卒
  • 秋田大学付属病院第一内科(消化器内科)

湖東総合病院、秋田大学精神科、阿仁町立病院内科、公立角館病院精神科、市立大曲病院精神科、杉山病院(旧・昭和町)精神科、藤原記念病院内科 勤務
平成12年4月 ハートインクリニック開業(精神科・内科)
平成16年〜20年度 大久保小学校、羽城中学校PTA会長


プロフィール

 1972年、第1期生として自治医科大学に入学。長い低空飛行の進級も同期生が卒業した78年、ついに落第。と同時に大学に無断で4月のパリへ。だが程なく国際血液学会に渡仏された当時の学長と学部長にモンパルナスのレストランで説教され取り乱し、パスポートと帰国チケットの盗難にあい、なぜか米国経由で帰国したのは8月だった。
 ところが今の随想舎のO氏やビオス社のS氏らの誘いで79年、宇都宮でライブハウス仮面館の経営を始めた。20名を越える学生運動くずれの集団がいわば「株主」で、何事を決めるにも現政権のように面倒臭かった。愉快な日々に卒業はまた延びる。
80年8月1日、卒業証書1枚持たされ大学所払い。退学にならなかったのは1期生のために諸規則が未整備だったことと、母校の校歌作詞者であったためかもしれない。
 81年帰郷、秋田大学付属病院で内科研修を経てへき地へ。間隙を縫って座員40名から成る劇団「手形界隈」を創設、華々しく公演。これが県の逆鱗に触れ最奥地の病院へ飛ばされ劇団は崩壊、座長一人でドサ回り…。
93年に自治医大の義務年限12年を修了(在学期間の1倍半。普通9年)。2000年4月、母校地下にあった「アートインホスピタル」に由来した名称の心療内科「ハートインクリニック」開業。廃業後のカフェ転用に備え待合室をギャラリー化した。
 地元の路上ミュージカルで数年脚本演出、PTA会長、町内会や神社の役員など本業退避的な諸活動を続けて今日に至る。
 主な著作は、何もない。秋田魁新報社のフリーペーパー・マリマリに2008年から月1回のエッセイ「輝きの処方箋」連載や種々雑文、平成8年から地元医師会の会報編集長などで妖しい事柄を書き散らしている。
医者の不養生対策に週1、2回秋田山王テニス倶楽部で汗を流し、冬はたまにスキー。このまま一生を終わるのかと忸怩たる思いに浸っていたらビオス社から妙な依頼あり、拒絶能力は元来低く…これも自業自得か。


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