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地域レポート

「地域レポート」Vol.4

宮城県訪問 - 支援の在り方について -

- とちぎセルフヘルプ情報支援センター:涌井 由加 -
宮城県

宮城県

宮城県

武内祐人氏のライブペインティング

武内祐人氏のライブペインティング

■あたりまえの生活が行えるように

 震災後、初めて宮城県を訪れました。石巻市日和山公園の高台からの景色は、壊れた建物を撤去し広大な更地と、建設重機が音をたて作業を行い、瓦礫や大破した自動車の山積みでした。随分整備されてきたと言われましたが、なにか違和感がありました。近くに行ってみて、地震や津波によって、建物が破壊されただけでなく、音、匂い、色彩など、暮らしや文化を感じられるものが失われているのだと感じました。
 喪失感を抱きながら、仙台市にある、震災の被災地区の支援活動を行っている特定非営利活動法人雲母倶楽部(きららくらぶ)を訪問しました。雲母倶楽部では、震災当初より、浸水被害があり、支援物資の届きにくい宮城野区の白鳥地区を訪問し、住民の方達が求めていた温かいおにぎりと必要な物を届けていたそうです。
「始めに支援ありきでなく、ニーズがあっての支援である。それは障がい者も被災者も同じこと」という言葉が響きました。
 雲母倶楽部では、高次脳機能障害という物事の手順が覚えにくい、キレやすい、人間関係が難しいなど特徴的や症状のある方に対して、運営している施設で支援をしています。料理を作る、仲間とアウトドアを楽しむ、芝居を練習し地域で奉仕活動を行う、2級ホームヘルパーの資格を取得し就労を目指す等、利用者がどのようになりたいのか、何が支援できるのかを模索され、独自の日常生活に必要なリハビリプログラムを作られたそうです。
「どんな状態にあっても、あたりまえの生活を行えるように支援する」というぶれない理念が、今回の被災地区支援につながっていると思われます。支援の状況をうかがう中、人の温かさに触れ、心が和みました。

■小さな出会いからつながる

 東日本大震災発生から、半年以上たち、大部分の被災された方が、避難所等から仮設住宅へ入居し、生活を復興していく時期となりました。その一方、避難所では、受けることができていた見守りや支援が、仮設住宅入居後には届かなくなり、近隣のつながりが途切れてしまうことにより、問題が見えにくくなっている状態です。
 仮設住宅に移ると、病院や買い物等日常生活に必要な機関を新たに探さなければならず、疲労していても、日中、生活や仕事に追われ、「心のケア」を十分に受けられない実態があるそうです。「就労や生活の再建がおぼつかなく、絶望し行動をやめてしまう時期が怖い。酒やギャンブル等依存症の問題、自殺、うつ病などの問題の増加につながるのではないか」と危惧されていました。
 どんな支援ができるのだろうと考えている私たちに「まずは、ニーズをつかむことが大切。そのためには、人と人がつながることが必要」「支援も長期戦。一つの事を細く長く行うこと」と言われました。
 私たちも、セルフヘルプグループの活動を通じて、生きづらさを感じている時、人とつながり、自分の思いを話すことで救われる経験を知っています。小さな出会いからつながって、耳を傾けていこうと思います。

■見ることにより、心が癒される

最後の訪問先は女川町でした。絵本作家、イラストレーターの武内祐人(たけうちよしひと)氏のライブペインティングで描かれた作品が女川第2小学校に寄贈されたのを知り、訪問しました。
 女川湾に近づくにつれ、風景が変わってきました。建物の解体や瓦礫の撤去は進められていましたが、横倒しになった建物がそのままになっています。両側が瓦礫の山になっている道を通り高台に向かいましたが、横倒しになっている車や建物の傷跡を見ると、ここまで津波は襲ってきたのかと驚きます。どれだけ、人が犠牲になったのか…暗くなる頃、ようやく女川第2小学校にたどり着きました。
 玄関を入ると、子どもたちと動物たちの笑顔の作品が出迎えてくれました。『I wish you are always smiling.』テーマのとおり、温かで無邪気な表情に和まされます。『見ることにより、心が癒される』ことを実感しました。
 教頭先生に話を伺いました。震災当時、小学校は高台にありますが、津波の事態を深刻に考え、迎えにきた父兄に児童を引き渡さないで、全員でさらに高台に避難したそうです。結果、子どもたちは一人も被災しなかったとのことです。当初は、怖くて外で遊べなかった子どもたちが、今は元気に遊んでいるときき、武内氏の絵の子どもたちと重なりました。

 支援の在り方は様々でした。一つ一つの支援が積み重なり復興になるのだと、感じた訪問でした。



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