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精神科医のニア・ミス

「精神科医のニア・ミス」第二十八回

平均寿命

〜おまえ百まで、わしゃ…〜

白神山地二ツ森登山口は5月下旬まで閉鎖中

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白神山地二ツ森入口

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 平成22年度都道府県別”長寿番付”を厚労省が発表した。わが秋田県は万年ビリのおとなり青森県のお陰でブービー賞をゲットしたが、それはさておき、話題になったのが沖縄県の凋落。
 1980年に沖縄県の男女はともに全国トップに立ち、図に乗って95年に「世界長寿地域宣言」をした。ところが2000年に突如として男は26位に転落(26ショック)、何とか踏ん張っていた女も今年ついに3位まで下げた。
 原因はただ一つ、沖縄県民の、特に60歳以下が丸々と肥ってきたことである。その結果、メタボ疾患の代表である高血圧、糖尿病、高脂血症、高尿酸血症など生活習慣病が蔓延し始めた。沖縄の友人に、「メタボ四重奏曲をバックに沖縄諸島は県民の総重量で今まさに沈没しようとしているのではないか」と言ったら、「秋田県民には言われたくない。でも今から長寿1位の長野県を目指して生活指導するのもしんどいなあ」とため息をつく。
 この顛末の犯人は米ハンバーガーチェーンである。1972年に沖縄が本土復帰を果たしたころすでに沖縄の子どもたちは米兵が好む安くて美味しいハンバーガーに味をしめ、チェーン店は本土にも上陸してきた。その戦略がまた小憎らしい。まず低価格で子供たちを取り込み、その生長とともにカロリーと価格を吊りあげ、数年前には1個800Kcalもの巨大バーガーをも登場させた。運動量の少ない糖尿病患者の制限食は1日1000Kcal程度だから、おやつにこのバーガーを食い続けたらどうなるか。
 メタボ疾患は寿命を縮めるだけでなく、膨大な治療費を要する。特に循環器疾患では内服薬も、ペースメーカーなど医療機材も高価で、多くは米欧メーカーの独占販売。何だか日本はまだ搾取されている植民地のような気がしてくる。
 青森の友人が言った。「おまえ百まで、わしゃ九十九までと言うけれど、長野の女(平均寿命86.35 歳)と青森の男(同77.28)が結婚したら、おまえ百まで、わしゃ九十までかなー」


尾根白弾峰
尾根白弾峰(佐々木 康雄)
  • 旧・大内町出身 本荘高校卒
  • 1980年 自治医大卒
  • 秋田大学付属病院第一内科(消化器内科)

湖東総合病院、秋田大学精神科、阿仁町立病院内科、公立角館病院精神科、市立大曲病院精神科、杉山病院(旧・昭和町)精神科、藤原記念病院内科 勤務
平成12年4月 ハートインクリニック開業(精神科・内科)
平成16年〜20年度 大久保小学校、羽城中学校PTA会長


プロフィール

 1972年、第1期生として自治医科大学に入学。長い低空飛行の進級も同期生が卒業した78年、ついに落第。と同時に大学に無断で4月のパリへ。だが程なく国際血液学会に渡仏された当時の学長と学部長にモンパルナスのレストランで説教され取り乱し、パスポートと帰国チケットの盗難にあい、なぜか米国経由で帰国したのは8月だった。
 ところが今の随想舎のO氏やビオス社のS氏らの誘いで79年、宇都宮でライブハウス仮面館の経営を始めた。20名を越える学生運動くずれの集団がいわば「株主」で、何事を決めるにも現政権のように面倒臭かった。愉快な日々に卒業はまた延びる。
 80年8月1日、卒業証書1枚持たされ大学所払い。退学にならなかったのは1期生のために諸規則が未整備だったことと、母校の校歌作詞者であったためかもしれない。
 81年帰郷、秋田大学付属病院で内科研修を経てへき地へ。間隙を縫って座員40名から成る劇団「手形界隈」を創設、華々しく公演。これが県の逆鱗に触れ最奥地の病院へ飛ばされ劇団は崩壊、座長一人でドサ回り…。
 93年に自治医大の義務年限12年を修了(在学期間の1倍半。普通9年)。2000年4月、母校地下にあった「アートインホスピタル」に由来した名称の心療内科「ハートインクリニック」開業。廃業後のカフェ転用に備え待合室をギャラリー化した。
 地元の路上ミュージカルで数年脚本演出、PTA会長、町内会や神社の役員など本業退避的な諸活動を続けて今日に至る。
 主な著作は、何もない。秋田魁新報社のフリーペーパー・マリマリに2008年から月1回のエッセイ「輝きの処方箋」連載や種々雑文、平成8年から地元医師会の会報編集長などで妖しい事柄を書き散らしている。
 医者の不養生対策に週1、2回秋田山王テニス倶楽部で汗を流し、冬はたまにスキー。このまま一生を終わるのかと忸怩たる思いに浸っていたらビオス社から妙な依頼あり、拒絶能力は元来低く…これも自業自得か。


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