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精神科医のニア・ミス

「精神科医のニア・ミス」第四十三回

原風景

〜エコなサギ?〜

釜谷浜の風車

釜谷浜の風車

釜谷浜

釜谷浜

国文祭潟上市

国文祭潟上市

 NHKの「日本縦断こころ旅」で俳優の火野正平さんが秋田県三種町を訪ねた。八竜メロンと釜谷浜海水浴場、夏の砂像イベント「サンドクラフト」で知られる。番組は、同町出身の視聴者が綴った幼い日の思い出の地を、火野さんが自転車で訪ねるという趣向だ。メロン畑脇の道路を通り、薄暗い松林を抜けると釜谷浜が広がる。左手には男鹿半島。
 砂浜に座った火野さんがつぶやいた。「あれはなかったよな。お手紙をくれた人がちっちゃかった頃は。あんなだよ、今は」海岸には風力発電の巨大風車が20基ほど、ずらりと並んでいる。
 私の医院の待合室に、山形・秋田の県境沖合に浮かぶ小さな飛島から撮影した鳥海山(2236m)の写真がある。角館の写真家、千葉克介氏の作品だ。「これと同じ写真はもう撮れない。全国いたるところで風車が景観を変えている」と彼は言う。秋田市北郊の潟上市大久保地区は、八郎潟干拓まで佃煮生産などで栄えた街だが、そのど真ん中に最近、太陽光パネルが大量に設置され、住民は度肝を抜かれた。飲み屋が減って空き地が増えたせいである。
 国が推進する「再生エネルギー買い取り制」は、電気料金値上げにはつながっても地元雇用にはつながらないと非難する人もいる。確かに風力もパネルも、自家消費より金儲けが目的のサギに近いエコ道具に化けてしまった。もっとも、釜谷浜付近の若い住民に風車の感想を問うと、「かっこいい」という答えが多く、行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず…万物流転であったか。
 国民文化祭あきた2014で、潟上市が作品募集した「日本の原風景写真コンテスト」には44都道府県から1500点余の応募があった。原風景の判断と審査基準が興味深い。それはともかく、最近の医師は患者に聴打診をしない、触診や挨拶などもっと“人情”を重んじる赤ヒゲ先生に帰れという声が増えている。だが、風車や太陽光パネルのある風景が懐かしい古里なら、患者よりパソコン画面に集中する診察も医療の原風景となるのかもしれない。


尾根白弾峰
尾根白弾峰(佐々木 康雄)
  • 旧・大内町出身 本荘高校卒
  • 1980年 自治医大卒
  • 秋田大学付属病院第一内科(消化器内科)

湖東総合病院、秋田大学精神科、阿仁町立病院内科、公立角館病院精神科、市立大曲病院精神科、杉山病院(旧・昭和町)精神科、藤原記念病院内科 勤務
平成12年4月 ハートインクリニック開業(精神科・内科)
平成16年〜20年度 大久保小学校、羽城中学校PTA会長


プロフィール

 1972年、第1期生として自治医科大学に入学。長い低空飛行の進級も同期生が卒業した78年、ついに落第。と同時に大学に無断で4月のパリへ。だが程なく国際血液学会に渡仏された当時の学長と学部長にモンパルナスのレストランで説教され取り乱し、パスポートと帰国チケットの盗難にあい、なぜか米国経由で帰国したのは8月だった。
 ところが今の随想舎のO氏やビオス社のS氏らの誘いで79年、宇都宮でライブハウス仮面館の経営を始めた。20名を越える学生運動くずれの集団がいわば「株主」で、何事を決めるにも現政権のように面倒臭かった。愉快な日々に卒業はまた延びる。
 80年8月1日、卒業証書1枚持たされ大学所払い。退学にならなかったのは1期生のために諸規則が未整備だったことと、母校の校歌作詞者であったためかもしれない。
 81年帰郷、秋田大学付属病院で内科研修を経てへき地へ。間隙を縫って座員40名から成る劇団「手形界隈」を創設、華々しく公演。これが県の逆鱗に触れ最奥地の病院へ飛ばされ劇団は崩壊、座長一人でドサ回り…。
 93年に自治医大の義務年限12年を修了(在学期間の1倍半。普通9年)。2000年4月、母校地下にあった「アートインホスピタル」に由来した名称の心療内科「ハートインクリニック」開業。廃業後のカフェ転用に備え待合室をギャラリー化した。
 地元の路上ミュージカルで数年脚本演出、PTA会長、町内会や神社の役員など本業退避的な諸活動を続けて今日に至る。
 主な著作は、何もない。秋田魁新報社のフリーペーパー・マリマリに2008年から月1回のエッセイ「輝きの処方箋」連載や種々雑文、平成8年から地元医師会の会報編集長などで妖しい事柄を書き散らしている。
 医者の不養生対策に週1、2回秋田山王テニス倶楽部で汗を流し、冬はたまにスキー。このまま一生を終わるのかと忸怩たる思いに浸っていたらビオス社から妙な依頼あり、拒絶能力は元来低く…これも自業自得か。


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