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ビオス電子版スペシャル対談

ビオス電子版スペシャル対談

タイトルアイコン− 伝統文化と自然 −

鹿沼市長 佐藤信 × 作家 水樹涼子

 鹿沼市は栃木県の中央部に位置し隣接する国際観光地である日光市に次ぐ広い面積を有する。ほぼ同面積の県庁所在地宇都宮市にも隣接し、市内の約70%が森林という自然豊かな地域である。西北部の奥深い山々を源として、大芦川、荒井川、粟野川、思川、永野川が、日光方面からは黒川が南流し、その山々を源流とする幾筋もの河川は、山と高原、清流と渓谷という特色ある美しい景観を成している。2006年(平成18年)には鹿沼市と隣接する粟野町が合併し、新しい鹿沼市が誕生。美しい自然環境と特色のある地域文化や産業など更に魅力を加え新たな歴史を刻みはじめた。(鹿沼市ホームページ参照)
 今回は鹿沼市の先頭にたって舵取りをする佐藤信市長と、鹿沼市出身の県を代表する作家のひとりである水樹涼子氏との対談が実現した。話題は鹿沼市の次世代を担う子どもたちの「教育」、「歴史」「伝統文化」、「伝統工芸・芸能」そして鹿沼市の「自然」へと広がり、市長と作家という立場からの発言は、子どもたちの未来を展望する熱い思いに溢れていた。

■「沢には沢の文化あり」
佐藤信市長

佐藤信市長

水樹涼子さん

水樹涼子さん

鹿沼ぶっつけ秋祭り

鹿沼ぶっつけ秋祭り

発光路の強飯式

発光路の強飯式

大芦渓谷の白井平橋

大芦渓谷の白井平橋

鹿沼さつき祭り

鹿沼さつき祭り

粟野第一小学校

粟野第一小学校

鹿沼市役所近くにある、若者が「まちこおし」でカフェなどをオープンしている路地で

鹿沼市役所近くにある、若者が「まちこおし」でカフェなどをオープンしている路地で

カフェ「AN-RIZ-L'EAU」代表の上村真巳さんと

カフェ「AN-RIZ-L'EAU」代表の上村真巳さんと

水樹涼子著『こだまを抱いて〜白樺とキジバトの物語〜』

水樹涼子著『こだまを抱いて〜白樺とキジバトの物語〜』

水樹涼子著『岸辺に生う』

水樹涼子著『岸辺に生う』

佐藤 この地域の伝統文化を子どもたちへ伝えていくために、市としての教育ビジョンを作っています。その根底に流れている思想は、いわゆる「沢には沢の文化あり」ということで、「地域が人を育てる」という教育ビジョンを掲げ、地域の自然、歴史、文化を背景にして、子どもたちが伝統文化を引き継ぎながら育っていけるよう取り組んでいます。そういう意味では沢には沢の文化がありますから、それぞれが特色ある学校として工夫をしながら、地域の先人たちの話を聞いたり、地域の持っている資源を体験交流や観察会などを実施して理解を深め、後世に引き継ぐ取り組みをしています。

水樹 市長さんはどちらの地域のご出身でしょうか?

佐藤 私は、宇都宮市と鹿沼市の中心部の中間くらいに位置する「菊沢」という地域の出身です。昔は、おとなと一緒に子どもたちもリヤカーをひいて門松などを集めて回って「どんど焼き」をしたことを覚えています。日本がちょうど高度成長期に入ったころでしょうか、私の地域から「どんど焼き」は、なくなってしまいましたね。私の子どもの頃の思い出でもある「どんど焼き」などの伝統文化は、今も農村地域に行くと残っていますね。
 水樹さんはどちらの地域のご出身ですか?

水樹 粕尾という山の多い地域です。昨年の11月8日に、私のお世話になった粕尾小学校が100周年を迎えました。ごく内輪の式典ですが、呼んでいただきまして、久しぶりに母校を訪ねて話をしてきました。粕尾小学校でも特色ある活動をしてるようです。粕尾の場合は横根山が近いので、子どもたちに自然観察を通して自然保護などに目を向けさせながら、熱心な方が講師役を引き受けて定期的に観察会もしているそうです。そのような方々に感謝しなきゃいけないなと思います。本当に守っていく方たちがいらっしゃらないと(そのままの自然は)守れないですからね。

佐藤 本当にそうですね。鹿沼市は北部がもともと木工業の多い地域ですが、北小学校では木工技術を体験する学習時間が設けられています。お祭りなどの伝統にとてもこだわっている地域で、小学生も秋祭りのお囃子をするなど伝統文化を学校の授業のなかで学んでいきます。南部の地域では、児童文学者千葉省三さんの記念館を併設したコミュニティセンターを新築しています。また、歌人半田良平さんに関しても、母校の津田小学校を中心に「顕彰会」(俳句の会)を作って、俳句の心を引き継いでいますね。それぞれが、特色のある学校授業としてそれぞれの地域の資源を生かし、先人を生かした学習への取り組みをしています。

■伝統文化の継承は「人」がポイント

佐藤 伝統文化を継承していくにあたっても、要はやはり「人」ですね。熱心に取り組んでくれる人がいれば必ず継承されていくと思っています。それぞれの地域で持っている歴史、文化を引き継いでいこうという取り組みは、学校教育の中でもそれぞれの学校が行っています。例えば、北押原小学校では「奈佐原文楽」が地域にあって、現在でも4年生から6年生まで10名の子どもさんたちが「奈佐原文楽クラブ」を作って大人の皆さんと一緒に年に2回発表会を開いています。非常に貴重な伝統芸能ですから、そのような形で引き継いでいかないと継承できませんね。

水樹 私の育った地域においても、子どもの頃には当たり前のものだと思っていましたが、そうではなくて、きちんと地元の人が手をかけて下さっているからこそ守られているんだということを、おとなになって初めて気がついたんですね。(山や川の自然も)子どもたちが当り前だと思っていたものが、実は見えないところでおとなが手入れをしているんです。

佐藤 昔は地域全体がそういう雰囲気だったので、当たり前に自分の身についたものだったのですが、今は誰かがやってあげないと引き継いでいけない時代になってしまいましたね。最近、市内のそれぞれの地区で、「地域のアイディア会議」が始まりました。その中で伝統文化が復活してきているところもあります。なくなってしまった地域、担い手がうまく継承できなかった地域、新たに始める地域と多少温度差はありますが、現在へと繋がっています。

■思い出「キラキラ三点セット」

水樹 市長さんの子どもの頃の自然体験の思い出は?

佐藤 子どもの頃はまさに「うさぎ追いし―、小鮒釣りし―」の中で生活していました。夏は川に行って冬は山に行って遊んでいた生活でした。いまはそれが当り前ではなくなり、川で泳ぐのはだめ、水も減っていて泳ぐこともできない、山も平地林がなくなって残念ながらキノコも生えない。とても悲しいことです。

水樹 本当にそうですね。私は子ども時代の思い出を、自分で勝手に「キラキラ三点セット」と名づけています。比喩ではよく「思い出ってキラキラしてるよね」という言い方をしますが、単なる例えではなく本当に文字通りのキラキラ体験で、市長さんがおっしゃったように、冬になって山の木の葉が全部散った後に、父と母と一緒に「落ち葉さらい」に行ったのが、私にとって何より楽しい思い出なんですよ。夏の青葉の頃の木漏れ日と違って、木の葉が全部落ちたあとの雑木林って、木漏れ日もすごく柔らかくて枯葉の匂いもとっても香ばしくて、陽だまりが温かいし……。それが自分の記憶の中での一つ目のキラキラ体験です。
 二つ目のキラキラ体験は、夏になると川に入りましたが、男の子と違ってヤスとかモリでついたりはしないのですが、カジカをとったりメダカすくいをしたり、女の子同士で薄い手拭いを両端で持ってね、楽しくて楽しくて……。私が育ったところは粕尾川、思川の上流ですが、浅瀬もあって、水面に映る川のきらめきがキラキラしていました。
 三つ目は、都会のいとこたちが夏休み中に泊まりにきますが、お盆にくるおとなたちと一緒に帰るものですから、帰る前に必ず庭で花火をしたんですね。ちょうどその頃は流星群が毎年見える時期なんですね。余計な灯りがないところですから、天の川もよく見えますし、夜空を見上げると星が本当にきれいでした。星のきらめきをじっと見ていると、宇宙の大きさを肌で感じる事ができていい意味でも悪い意味でも、自分は本当にちっぽけな存在なんだと思えるんですね。その体験が私にとってはかけがえのない思い出です。少なくとも子どもたちには、自分の子や孫だけでなくて、一人でも多くの子どもたちにそんな「キラキラ体験」をしてほしいと思っています。

■大自然の中に身をゆだねる体験

佐藤 多分、子どもの頃から自然の美しさなどを感じて育った人と、全く関心を持たないで育った人は違いますね。自然の美しさを知らずに育つ環境の方は自然に関して感動できないのではないかとも思います。実は、職員採用試験の時にこんな質問をするんですよ。「窓の外を見て何を感じますか?」と。窓の外が秋だから紅葉して「あ、綺麗です」。そういう反応しかしない人と、「紅葉がキラキラ輝いて綺麗ですね」と表現できる人がいます。

水樹 私も子どもの時は、「自然のありがたみ」というのは知らずに当り前だと思って育ってきてしまったのですが、やはりおとなになってつくづく思うのは、子どもの頃に大自然の中で身をゆだねられた体験というのは、多分いろいろな挫折を味わったとしても、簡単に命を無駄にするようなことはないのではないかと思えるのです。
 自然体験をあまりしてこなかった人たちというのは、自分の周りの人間界のレベルでしかものを考えられないところがありますね。しかし、自然体験をたっぷりしていれば、人間界なんてごく一部だってわかりますよね。大きな視野で、「自分を取りまいているものは大自然だ」って思えば、人間レベルの失敗など、どうってことないですし、命さえあればいくらだって「やり直しが効く」、子どもたちもそういうふうに考えられる基になるといいなと思います。
 例えば、鹿沼市の場合は子どもたちのために板荷のほうに「自然体験交流センター」がありますね。あそこも随分活用されていると伺っているのですが?

佐藤 小学4年生と中学1年生が宿泊体験に必ず行くことになっています。学校から離れてキャンプファイヤーをしたり、調理をしたり、一緒にお風呂入ったり、そういう体験はなかなかできないですから、子どもたちには人気がありますよ。子どもたちにとっては自然体験を含めていろんな意味での良い体験の場でもあります。

水樹 そういった体験から必ず得るものがあると思いますね。市内の小学生はそういう貴重な体験ができるんですね。市外、都会の方も自由に利用できるのですか?

佐藤 自由に利用できます。県外からも、次第に認知されてきていますね。ただ、どうしても春から夏、秋にかけては市内の子どもさんが利用しますので、空きは少ないようですが、空いている時はどんどん利用してほしいと思っています。

水樹 もっともっと都会の人たちにも利用してほしいですね。

■森林のまちの「木遣い」

佐藤 鹿沼市はとにかく70%が森林ですから、それぞれ沢があります。黒川、大芦川、荒井川、思川上流の粕尾川、永野川と、それぞれが思川の源流です。栃木県の南方の小山市から埼玉県、千葉県の全域に源流からの水を供給していますので、私たちが資源、すなわち財産を再評価しなくてはいけないと思っています。山や源流に近い学校では、それぞれの地域の財産区や林業家の皆さんと連携をとりながら、一緒に山の手入れをする体験をしています。粕尾中学校などは、財産区の山の手入れをしたり、林業体験をしたりしていますね。

水樹 ああ、そうですか。山の手入れも体験できるのですか。

佐藤 鹿沼市は地元の木を使って学校を作りました。「木づかい」のまちとして国から高く評価され、自治体としては日本で初めて表彰されました。そのひとつが粟野第一小学校ですが、今日(2015年1月8日)から授業が始まります。また、保育園と休日夜間急患診療所・休日急患歯科診療所を木造で建設中です。非常に特徴のある方法で、地元の木を伐採して乾燥して製材するなど手間をかけましたが、9割以上地元で賄えました。

水樹 人に気を遣われるよりも、むしろ木が使ってあるだけでそれがよい「おもてなし」になっていますものね。今は「灰色(コンクリート)のインフラよりも緑のインフラへ」という言い方をしている人もおられますから。

佐藤 木は長持ちします。100年は持たせようと話しています。鉄筋は30年たつと修繕の話が出ますから、多少工事費がかかっても、長い目で見れば割安になると思います。しかし、特殊なものとしてではなくて、もう少しコストを下げないと普及は難しいかもしれません。100年は残るということで行政もいろいろ活用を考えながら、また「手入れ」(間伐)なども巻き込んで考えていければと思いますが、そのためには、民間の企業の方の協力も必要だと思います。企業と一緒に植林したり下草刈りしたりと、徐々に企業の「社会貢献」の取り組みも始まっていますね。

水樹 「自然体験交流センター」もそうですし、「県民の森」もあって栃木県というのは森林資源に恵まれていますね。ただ地元にいる人たちがそれに気が付かないことが多いんですね。離れてみて初めて良さがわかるのが世の常ですね。私などもそうなんですが、一度離れていたことがあったからわかるようになったのだと思います。

佐藤 「里山資本主義」(−日本経済は「安心の原理」で動く−藻谷浩介 著・NHK広島取材班 著/2013)という本には、これからは地方の再生と活性化がポイントになると書かれています。鹿沼市の資源のひとつが山ですから、それをフル活用することがひょっとすると鹿沼市の地域再生の要(かなめ)になるかも知れない、そんな気がします。今、バイオマスの発電も具体的になりつつありますので、今まで捨てていたものが発電の材料として使えるというようになれば、山の手入れなども復活すると思いますね。

水樹 そうだといいですね。間伐してもそのまま置きっぱなしというのはつらいですよね。

佐藤 これまでは、山を手入れして売れるものは売り、残ったものは捨てていたわけですが、持ち込めば売れるようになるという体制がうまく循環すれば、また山の活用と手入れも進むのではないかと思います。

■文化、資源の海外展開

佐藤 もともとそういった森林資源を背景に、また日光東照宮の造営もあって鹿沼には、木工が盛んに行われた歴史があります。その頃、彫刻屋台が数多くつくられ、町人文化の繁栄がみられました。そういう歴史の流れで戦後の復興期には鹿沼でどんどん建具を作って首都圏に送って非常に隆盛を極めた時代があったのですが、建築様式が変わって、残念ながら建具が使われることが少なくなってしまいました。和室が少なくなったため、障子や襖などが使われることが少なくなってしまったのです。もちろん今でも建具の仕事は残っていますが、技術を生かしながら新しいものを開発していくなどいろいろ工夫されています。今は、主に首都圏向けですが、海外展開も重要ではないかと思っています。将来、鹿沼の秋祭り、彫刻屋台がユネスコ登録になると、それに付随して注目を集める下地はあるので、海外展開への取り組みが始まりました。
 もう一つはサツキです。すでに何度も海外の展示会に出展しています。イタリア、オランダ、フランス、イギリスなどにはコンスタントに輸出されています。ヨーロッパへの輸出は隔離栽培(二年間隔離)すれば可能です。市の「花木センター」も隔離施設がありますので、ここを柱に取り組みが始まっているところです。また、韓国への出展も始まっています。市場としてはとても有望です。個人的には「海外、海外」といっても、本当のところはよくわからないところも正直ありますが、国内では限界があるので、打って出ざるを得ないと思います。自然環境を背景にしたもの、そこから得られるもの、栽培されるものは、海外展開を図っていきたいので現在体制を整えているところです。

水樹 身近にあると良さがわかりにくいジレンマがありますね。サツキも含めて盆栽の世界は奥が深いですからね。

■夢に再挑戦できるまち

佐藤 先ほど水樹先生が自然の中で育って外に出てみて良さが分かったという話がありましたね。「地球環境の中では人間は小さな存在」というところを、実は鹿沼市の「街づくり」に生かしていきたいと思っています。若者が、一旦都会に出るのはしょうがないといと思っていますが、IターンUターンJターンそういった人たち、行き詰った方も含めて、もう一回故郷に帰って来て「夢に再挑戦できるまち」そういう「まちづくり」を目指しています。
 実は今年度から空家の調査もしてきましたので、都会から戻ってくる人たち、移住したい人たちのための空家情報の提供、農業林業も含めての就業支援、さらに子どもさんがいる方には幼児の受け入れ態勢も整えています。地域の皆さんとの接点や交流などをトータルで対応できる窓口、鹿沼に来てくださった方のいろんな相談にのる窓口を作っていこうと考えています。「故郷でもう一回出直しましょう」という方たちが安心して生活ができる「まちづくり」を目指していきたいと思います。それによって、自然環境に人も含めたものをフル活用して、少子高齢、人口減少時代に一つのくさびを打ち込んで復興のカギにしていきたいと、今いろいろ考えているところです。

水樹 世界遺産のある日光を「奥座敷」とか「茶室」に例えるとするなら、鹿沼市は「お茶の間」、観光地としても普段着で気楽に来られるところです。観光とは関係なく戻ってきたいと思っている人たちにしてみれば、農業体験、林業体験を通して、子どもたちを自然の中で遊ばせるトータルの生活も含めて、気軽に温かく迎えてもらえる土地柄、地域柄であるべきですね。観光地というには正直ちょっと表現が違います。「ホッとできるまち」でいいと思っています。

佐藤 そのとおりです。日光市や宇都宮市など他の市と比べて勝とうなどということではないのです。

水樹 鹿沼市はトップに出ようとか前面に出ようとかじゃなくて、他の市町村と「共にがんばっていければ」と市長さんもお考えのようですが、私もそういうタイプなので、なかなか自分を前面に出してアピールできないところがつらいところです。わかっているけれどできないところがあって、現在鹿沼市の「ふるさと大使」が18名だそうですが、(私は)18分の1なのに何も貢献できてないんじゃないかと。それでずっと忸怩たるものがあって、何かできないかなと思っていたのです。ガッツ石松さんみたいにタレント性もないし(笑)。ただ、今までのことで言いますと、小説の『勝道上人』を書くことで日光市ともつながりができ、同じく『田中正造』を書くことによって佐野市ともつながりができましたので、今度は地元の鹿沼市に関わる人物をきちっと書いて貢献ができればと思っています。しかし、何せまだ霧の中の状態で大きなことは言えないのですが、いつかは書き上げたいと思っています。

佐藤 それは期待しておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

水樹 今日は貴重なお時間をいただきましてありがとうございました。

水樹さんと佐藤市長。対談を終えて。

水樹さんと佐藤市長。対談を終えて。


構成:ビオス編集室(2015年1月収録)

AN-RIZ-L'EAU(アンリロ)

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TEL/FAX:0289-62-0772
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対 談「那須の国」を語る

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