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精神科医のニア・ミス

「精神科医のニア・ミス」第七十二回

カウントダウン 〜待つ身はつらい〜

なつかないジオンと

なつかないジオンと

冬のハートインクリニック(自宅の左ブルーの壁面部分)

冬のハートインクリニック(自宅の左ブルーの壁面部分)

師走の秋田の夜空

師走の秋田の夜空

秋田魁新報社マリマリ連載「輝きの処方箋」100回記念品

秋田魁新報社マリマリ連載「輝きの処方箋」100回記念品

 ニューヨークのメトロポリタン劇場で上演されるオペラ(MET)が時々テレビで放映される。先日、今を時めくソプラノ歌手、ロシア生まれのアンナ・ネトレプコ主演のオペラ「イル・トロヴァトーレ」を見ていたら、幕間にインタビューを受ける彼女の傍に幼い子供が現れ、「ママ、早く歌っておうちへ帰ろうよ」というのであった。なるほど、おなかをすかしている子供にとってこの作品は長すぎる。
 あまり行儀のよくない我が家のチワワは、「待て!」と家人が命じるとしばらくはエサを前にじっとしているが、待たせすぎると勝手に食べ始めることがある。夕食などで家族みんなが揃う前に私も箸に手を付けることが多いので犬を責める気にはなれない。ADHD(注意欠陥多動性障害)気味の大人は一般に幼児や小型犬と似て待つのが苦手である。そんな私が患者に、「子供に留守番をさせるときは大きな時計の長針を指さして、『この針がここに来るとお母さんは帰ります』と言っておけば子供は待てる。時計の中にお母さんがいるも同然だから」などと言っているから面はゆい。
 何かと気ぜわしい今の世の中、待つ苦痛を減らすため色々な方法が編み出されている。ディズニーランドでは着ぐるみのキャラクターたちが待つ客を楽しませ、道路の工事現場や横断歩道ではあと何秒待てばいいかを示すカウントダウン式信号機が増えてきた。確かに残り秒数を数えているだけでヒマはつぶせるし、イライラも減る。
 今年9月、秋田市で青森の詩人・エッセイストの伊奈かっぺい氏が愉快な独演会を行い、その中で自費出版した最初の本にページ(頁)数を逆につけた話をした。全160頁とすると、目次が157頁、後書きが5頁、奥付が1頁で、読み進むにつれ残り何ページか一目瞭然である。トルストイの「戦争と平和」もこれなら最後まで頑張れたかもしれない。
 考えてみれば、寿命というゴールが不明な我々の人生はカウントダウンが難しく、ヒポクラテス先生に「技芸は長く、人生は短い」と警告されても、「大丈夫。そのうち何とかなります。あわてなさんな」などと診察室で患者に先延ばし作戦を語る日々である。そして、「もういくつ寝るとお正月」の師走は、師匠も走るというわけで、何かと気ぜわしいのは昔から同じ、待つ身がつらいのも今に始まったことではない。そろそろ大晦日のカウントダウン騒ぎが世界各地で始まる。ロケット打ち上げのゼロのように、皆さま、来年に向かってイグニション、ゴー!


尾根白弾峰
尾根白弾峰(佐々木 康雄)
  • 旧・大内町出身 本荘高校卒
  • 1980年 自治医大卒
  • 秋田大学付属病院第一内科(消化器内科)

湖東総合病院、秋田大学精神科、阿仁町立病院内科、公立角館病院精神科、市立大曲病院精神科、杉山病院(旧・昭和町)精神科、藤原記念病院内科 勤務
平成12年4月 ハートインクリニック開業(精神科・内科)
平成16年〜20年度 大久保小学校、羽城中学校PTA会長


プロフィール

 1972年、第1期生として自治医科大学に入学。長い低空飛行の進級も同期生が卒業した78年、ついに落第。と同時に大学に無断で4月のパリへ。だが程なく国際血液学会に渡仏された当時の学長と学部長にモンパルナスのレストランで説教され取り乱し、パスポートと帰国チケットの盗難にあい、なぜか米国経由で帰国したのは8月だった。
 ところが今の随想舎のO氏やビオス社のS氏らの誘いで79年、宇都宮でライブハウス仮面館の経営を始めた。20名を越える学生運動くずれの集団がいわば「株主」で、何事を決めるにも現政権のように面倒臭かった。愉快な日々に卒業はまた延びる。
 80年8月1日、卒業証書1枚持たされ大学所払い。退学にならなかったのは1期生のために諸規則が未整備だったことと、母校の校歌作詞者であったためかもしれない。
 81年帰郷、秋田大学付属病院で内科研修を経てへき地へ。間隙を縫って座員40名から成る劇団「手形界隈」を創設、華々しく公演。これが県の逆鱗に触れ最奥地の病院へ飛ばされ劇団は崩壊、座長一人でドサ回り…。
 93年に自治医大の義務年限12年を修了(在学期間の1倍半。普通9年)。2000年4月、母校地下にあった「アートインホスピタル」に由来した名称の心療内科「ハートインクリニック」開業。廃業後のカフェ転用に備え待合室をギャラリー化した。
 地元の路上ミュージカルで数年脚本演出、PTA会長、町内会や神社の役員など本業退避的な諸活動を続けて今日に至る。
 主な著作は、何もない。秋田魁新報社のフリーペーパー・マリマリに2008年から月1回のエッセイ「輝きの処方箋」連載や種々雑文、平成8年から地元医師会の会報編集長などで妖しい事柄を書き散らしている。
 医者の不養生対策に週1、2回秋田山王テニス倶楽部で汗を流し、冬はたまにスキー。このまま一生を終わるのかと忸怩たる思いに浸っていたらビオス社から妙な依頼あり、拒絶能力は元来低く…これも自業自得か。


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