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おもしろ日本美術

おもしろ日本美術2 第二十四回

堅苦しい儒教の教えを描いてなぜかヨーロッパで大人気の甕割図

「柿右衛門様式色絵温公甕割文八角皿」

色絵温公甕割文八角皿(出光本)

色絵温公甕割文八角皿(出光本)

人物表現の相似(甕割・船遊・愛蓮)

人物表現の相似(甕割・船遊・愛蓮)

マイセンの倣製品

マイセンの倣製品

東照宮陽明門「甕割図彫刻」(千人唐子遊びの内)

東照宮陽明門「甕割図彫刻」(千人唐子遊びの内)

 本品は、ヨーロッパの地に思いのほか数多く伝わる人気の柿右衛門様式の色絵磁器で、ドレスデン国立美術館、ヘッセン州立博物館、フローニンヘン博物館、オックスフォード・アシュモリアン美術館、バーリーハウス等に所蔵され、また、国内では出光美術館、戸栗美術館、九州陶磁文化館柴田コレクション等にほぼ里帰りの優品の一として所蔵されている。さらに、18世紀半ば前後のヨーロッパにおける臨摸倣製品としてマイセン窯、チェルシー窯、ボー窯等々のものをはじめ数多く伝世している。
 画題の「温公甕割」は、温国公こと中国宋時代の政治家司馬光(1019-1086、『資治通鑑』の編者)の逸話に取材し、ある時、仲間が大きな甕に落ち溺れかかるも、とっさに石を投げ甕を割りこれを救ったとの、こどもの頃から機転がきいたことを物語るものである。
 江戸時代初期、日光東照宮の、家光公の寛永の大改修(寛永11(1634)〜14年)以来、寺社の殿舎が豊かな装飾彫刻で絢爛豪華に彩られ、空想上の神獣霊獣や仙人や古今の高士、儒教の鑑戒画等が好んで造形されたが、そこでは、狩野探幽を頂点とする御用絵師狩野派の主力メンバーが、総合美術ディレクターとしてプロジェクトの青写真や計画下絵を起こし統括して工事の完遂を導いていた。それらノウハウが言わば巡り巡って、狩野派のネットワークや諸藩への就職斡旋活動の結果として、磁器の絵付や下絵づくりに生かされたと想定するも的外れではなかろう。
佐賀藩鍋島家では、17世紀後半の狩野派系の御用絵師として、狩野宗俊、広渡雪山、広渡心海、小原友閑斎らの名が挙がるが、殖産興業の面から海外輸出特需に沸く磁器産業の絵付け指南役との立ち位置も想定できる。
 「盛茂叔愛蓮文尺皿」「舟遊人物文皿」「温公甕割文八角皿」、繊細ながらしなやかでためらいのない熟達したストロークによるそれぞれの人物の顔貌表現や、甕が割れて流れ出た水のやわらかな曲線には共通の個性が認められ、まさしく専門絵師の手わざの妙である。絵師が質の高い下図を起こし、あるいは見本として自ら実地に若干数仕上げたこともあったのであろうか。筆先をきかせてゆったりと引いた顔の目鼻立ちの描写、ためらいのない筆勢、当を得た彩色、全て熟達したものである。濁手素地に赤絵が上絵付けされているが、八角皿の限られた見込みに巧みに構成された空間表現も当を得ており、黄色の代わりに金彩がさりげなく使われている。
 なお、挿図のように、日光東照宮陽明門の装飾彫刻中に唐子の甕割図が認め得るが、その図様が示唆する脈々たる伏流水的な系脈のつらなりに改めて感動を覚える。


上野 憲示
上野 憲示

1948年、大阪生まれ。

東京大学文学部美術史学科卒業。栃木県立美術館学芸員。東京大学、清泉女子大学などの非常勤講師(美術史学・博物館学担当)を経て、現在、文星芸術大学学長ならびに芸術理論専攻教授。

著書に『鳥獣人物戯画(日本絵巻大成六)』(中央公論社)、『渡辺崋山の写生帖』(グラフィック社)、『ハイビジョン鳥獣人物戯画』(ハイビジョンミュージアム推進協議会)、おもしろ日本美術1(文星芸術大学出版)など、美術史家、美術評論家として活躍。


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