アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「地域レポート」No.23

不可視化される原発被害-語りにくい被害について考える
清水奈名子・宇都宮大学准教授〜「さよなら原発!日光の会」第10回総会記念講演会〜

今も多くの課題を抱える原発事故

宇都宮大学国際学部の清水奈名子准教授を講師として招き「3・11から11年、今、何が問われているか」をテーマとした「さよなら原発!日光の会」第10回総会記念講演会が4月23日に日光市中央公民館中ホールで開催された。

清水さんは東日本大震災以降、福島第一原発の事故により福島県から栃木県へ避難して来た人や、栃木県北部の被災者を対象として原発事故後の生活の変化や、今後必要な支援策などについて聞き取り調査活動を進め「証言集」をまとめている。

福島第一原発の事故が起きてから11年経ったが、現在も多くの課題が残っている。原発事故の特徴として、被害・リスクの軽視による被害の潜在化や問題の局所化が発生しやすく、被害が見えにくいという問題がある。そこには差別を恐れ被害を語らない、語れない人の存在がある。一部の被害者の権利の回復は、他の被害者の権利回復につながっていく。被害や地域を分断して問題を考えるのではなく、様々な地域と連なって考えることが重要だと指摘している。

「さよなら原発!日光の会」第10回総会記念講演会

見えにくい原発事故被害

清水さんは講演会の冒頭で「原発事故は長期間にわたって注視すべき問題だが、不可視化(見えにくく)されている。『原発事故から、私たちは何を学び、次の世代に引き継ぎ、今の社会に発信していくのか』ということを考えていきたい」と述べた。

「事故被害そのものも深刻なものでしたが、それに加え政府や東京電力の事故後の被害対策が適切でなかったため、二次被害が生まれ続けたことも深刻な問題です」

実際に各地で計測された放射線量と避難指示区域にずれがあったことや、栃木県をはじめとする福島県外の放射能汚染地域では環境省による除染メニューに表土除去作業が含まれないなどの、被害・リスクの軽視による被害の潜在化や、東京電力や日本政府の事故後の被害対策をめぐって様々な問題が生まれている。原発事故の問題は専門的な知識がなければ理解しづらい。さらに対策の失敗により、二次被害が増え続けていることが問題をより複雑にしている。被害が見えにくくなった要因は他にもある。現在も継続されている被災自治体と復興庁による避難者の意向調査は、その対象が避難区域からの避難者の調査に限られており、避難区域外からの「自主的な」避難者は調査の対象になってはいない。そしてこれらの被災自治体の意向調査に加えて、2013年から2015年まで国が実施した全国の避難者意向調査の回答者は世帯の代表者である結果、回答者は60代以上の男性になることが多く、同じ世帯の若い人や女性の意見が調査結果からは見えてこない。また、被害者が「あの子は福島の子だから」と差別されることを恐れ、周囲に被害経験を話さないことも挙げられる。

問題の局所化や不可視化の主要な責任は東京電力や日本政府にあるが、差別などを恐れた住民がこれ以上被害を語ることを望まず、また事故の被害はなかったことにしていきたい利害関係者の思惑などが重なり、被害が見えにくくなっているという。

清水奈名子・宇都宮大学准教授

被害の語りづらさとジェンダー

被害を語る際、ジェンダー(人為的、社会的につくられた男らしさ、女らしさの区別)による格差の影響で女性の意見が反映されにくいという問題がある。

清水さんが2013年に那須塩原市と那須町にある全ての公立保育園・幼稚園22園と、一部の私立幼稚園16園の協力のもと保護者に行ったアンケート調査(2,202世帯が回答、回収率68%)では8割以上が「被ばくが子供の健康に及ぼす影響について不安に感じている」と回答した。また同アンケートは保護者を対象にしたため母親が回答した可能性が高い(実際に女性の回答率は90.5%だった)ことから「放射性物質への対応をめぐって女性・母親の声が十分に反映されていない」という設問を設けたところ、およそ6割もの人がそのように感じていることが分かった。

また、「女性は感情的だから意見に筋が通っていない」などという性差別もある。女性が何か意見をもっても無駄だという雰囲気から、女性たちが社会問題について話しにくいと感じる傾向がある。

女性だけでなく、子どもや若者世代も同様に、社会からのステレオタイプにより、個人の考えを表明しにくくなっている現状を指摘した。

避難者差別・いじめと被害の語りづらさ

原発事故被害を指摘し続けることで、差別や分断を招くのではないかという意見がある。文部科学省は、「放射線副読本」という教材を原発事故後配布した。初版では原発事故に関する記述はほとんどなく、放射線は安全だと受け取れる内容が批判を受けたこともあり改定され、第二版では原発の建屋などの写真を載せ、事故があった事実を伝える資料になった。しかし原発避難者に対するいじめが相次いだことから、第三版では汚染という言葉が全て削除された。原発事故で破損した原子炉建屋の写真が無くなり、福島が復興しつつあることを示唆する写真に差し替えられている。

清水さんは「被害者本人から、『避難者差別と、子どもがいじめを受けるのではないかと恐れて原発被害について話はしたくない、自分は避難者だと周りの人には言わないようにしている』と伺いました。また汚染について語るといじめにつながるので、教えないという方向に副読本の内容は舵を切っているわけです。しかしながら、被害を語ることが本当に差別や分断をもたらしているのでしょうか」と指摘する。

インタビューに応える清水さん

自分の意見を持ち語ることの重要性

「記録の不在は被害の不在と受け取られてしまう。」これは清水さんの戦争被害の研究からの教訓だという。被害者は、しばしば被害を語りづらいだけでなく、記録を残す余裕もないことが多い。一方で加害者は記録を破棄したり隠蔽したりする傾向がある。

「差別を根拠に政府が被害を教えないということは、多様な被害を当事者が語る機会を奪ってしまうだけでなく、東京電力や日本政府の責任が曖昧にされてしまいます。今声をあげている被害者の権利の回復は、今後被害者になりうる可能性のある方々への被害を防ぎ、他の被害者の権利を回復することにもつながっていく。分断されるのではなくて、いろんな地域と連なって考えていきたいと思っています」

だが現実は女性や若い人の意見が表面化せず、被害を語る機会は少ない。「女なのに、子どもなのに」と周りから固定観念を押し付けられ、自分の発言を躊躇してしまう。

教育現場では教えることが一方通行になってしまいがちで、大人の考えを子どもたちは推測し「自分たちは頑張ります」「社会に貢献します」と言ってしまう。意見を言えない人はどうしたら良いのだろうか。清水さんは大人の責任として、若い人達が安心して自由に話し批判的な議論をする場を作っていく必要があるという。

実際に行われている学生たちの活動事例として、学生自身が勉強会や映画鑑賞の場を作り、安心できるところで、興味をもって意見交換ができる機会をつくっているという。こうした機会を積み重ねていくことが、自分の意見を持ち、被害を語れるようになる一歩になると清水さんは期待している。

清水さんは講演後、「日本が批准している国際的な人権条約から、国民は日本政府にきちんと健康に対する権利を保障するように求めることはできます。ですが、そのあと日本政府が誠実にその義務を果たすかは日本政府次第で、監視する役割は日本国民が負っています。きちんと日本政府が権利や義務を保障しているか、最後にチェックできるのはその国民だけです」と語った。

清水奈名子(しみず ななこ)

清水奈名子(しみず ななこ)

宇都宮大学国際学部准教授 博士(学術)

専門分野は国際機構論、国際関係論、国際法。

3.11以後、福島県から栃木県に避難した「栃木県避難者母の会」メンバーと協力し、避難者の聞き取り調査を行ったほか、栃木県北被災者調査も行い、いずれも「証言集」にまとめて大学の教材として活用している。

日本平和学会、国際法学会、日本国際連合学会などの学会に所属。「原子力市民委員会」の委員も務めている。