アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「地域レポート」No.26

立松和平さんの文学碑 作品の舞台塩原温泉に建立

栃木県宇都宮市出身の作家、立松和平が晩年に書き下ろした長編小説『人生のいちばん美しい場所で』の一文が刻まれた文学碑が、作品の舞台となった同県那須塩原市の「大正浪漫街道」(旧国道400号)に建立され、11月初め、鮮やかな紅葉の下、除幕式が行われた。

紅葉の名所である塩原渓谷の街道沿いには島崎藤村や尾崎紅葉など塩原温泉にゆかりのある作家の文学碑が点在する。回顧(みかえり)トンネルのそば、箒川(ほうきがわ)を眼下に望む地に建立。那須町特産の芦野石にはめ込んだ御影石に小説の一節が刻まれている。


山も川も石ころの一つ一つも

樹木や草の葉一枚一枚も、

月光の黄金の色に包まれている。

もちろん妻も私も同じ微かな光に

包まれているのである。

息をするたび、身体の内側も

黄金の色に染まっていく気がする。

ここが塩原温泉で、

そこに流れるのが箒川なのだ。

ただただ穏やかな夜の景色である。


生きてあるこの一瞬一瞬に代えられるものはない。

心の底からそう思った。

間違いなく私は幸福の絶頂にいたのだった。

この時が過ぎていくのが惜しくてしょうがなかった。


『人生のいちばん美しい場所で』 立松和平


立松和平文学碑

塩原温泉観光協会会長 君島将介さん

塩原文学研究会会長 千葉昭彦さん

那須塩原市長 渡辺美知太郎さん

文学碑の建立に尽力した塩原文学研究会の千葉昭彦会長が立松と塩原との関わりについて「子どものころから何度も塩原を訪れ、温泉はもちろん紅葉、箒川のせせらぎに心を癒やされていく中で塩原に親しみ、この地を愛するようになった」と説明し、『人生のいちばん美しい場所で』のあらすじを披露した。

アルツハイマー病を発症した妻が記憶を失っていく中で「塩原温泉に行きたい」と言い出す。塩原温泉はかつて妻の恋人が自殺をした場所だった。夫である主人公は、戸惑いながら、それでも妻の希望を叶えてあげようと、二人で塩原温泉を訪れる。月光に包まれた美しい箒川の景色の中で妻を支えながら、まるで彼岸にでも渡っていくような感じで吊り橋を渡り、対岸の露天風呂に入る。そこで、これまでのしがらみや迷い、すべてを打ち捨てて、妻への新しい愛を感じ、また二人で生きていこうという思いを強くする。

千葉会長は碑文を読み上げ、最後の「立松和平」の文字は直筆が刻まれていることを紹介した。「文学碑の建立を立松さんの奥様、美千繪さんにお話したところ、使ってくださいと立松さんの直筆を託された」という。

除幕式後、千葉会長は「(既存の文学碑は)明治、大正とかなり前の時代に活躍した作家ばかりですが、昭和・平成期の作家である立松さんの新しい作品の文学碑を塩原に建てられたということを、本当にうれしく思います。碑文の舞台は福渡温泉(岩の湯)なのですが、塩原の本当に美しい場所である、この地に文学碑を建てられたことが何よりよかった。ここを名所の一つにしていきたい」と語った。

来賓として出席した立松の長女で画家のやまなかももこさんは「父と何度か塩原の地を訪れています。文学碑の建立が、立松文学に触れるきっかけになれば光栄です」とコメントした。

大正浪漫街道は塩原温泉へ向う渓谷沿いを走る国道400号のトンネル化により交通量の少なくなった旧道が散策路として整備された。塩原温泉とゆかりのある文豪の文学碑が点在する。立松の文学碑は、新たに潜竜峡トンネルが開通したことを記念し建立された。秋の紅葉シーズンには塩原文学研究会会員が文学碑や景観を案内する文学散歩が行われている。

立松氏の長女、やまなかももこさん

約50名の招待客が訪れた

ビート&ゴスペルと仲間たちによる歌唱