この季節、秋田の男鹿半島には、鬼の面をかぶり、蓑をまとい、右手に木の包丁、左手に木桶を持ったナマハゲが出没する。これが苦手で結婚を機に半島を出たという女性もいたが、ナマハゲが大声で子や嫁を脅すセリフを聞けば一理ある。
「ウオーッ! この家には泣く子がいねが。ゼンコ(銭)つがう子はいねが」「親のいうこときかねばナマハゲがもらってゆくど!」と子らを脅し、「この家の嫁っこは早起きするが。舅のいうこときぐが!」と来る。昔は嫁や子どもの尻や腕をつねったそうで、これではたまらない。
横手市から男鹿に嫁いだある婆さんは、ナマハゲが来る晩は足袋を3枚も履いて近くの海岸まで逃げ、子は床下に隠した、何でこんな土地に嫁に来のかと悔んだものだという。
かつて当地の医師会報に「ナマハゲと救急医療」と題する一文が載った。ある年の大晦日、意識不明の若者が救急搬送されてきた。付き添いの大人たちはみな酒臭い。診断は急性アルコール中毒。不思議なことに若者の衣服には藁が多数付着していた。経緯を問うが誰も喋らない。命が危ないと医師が脅すと、長老格がやっと重い口を開いた。その日はナマハゲで、若い人がおらず高校生に面をかぶらせた。飲んだ経験もなかったのに各家々でお酒を頂き…。若者が藁だらけだった謎は氷解。
ナマハゲが訪れた家の主人は両腕を広げて子や嫁を背中に隠し、「家の子はあぐだれね。ゼンコも使わね。嫁っこも早起きしてる。いっぱい飲んでごめ(御免)してけれ」とかばう。ナマハゲは、「山の上から見てるど。いつでも出てくるがら」と盃を受け、お面をちょっと挙げ、垂れ下がったヒゲの間から酒をすする。画家・岡本太郎(1911~1996)は「日本再発見―芸術の風土記」に、このユーモラスで微笑ましい光景を面白おかしく書いている。
今年は見送られたが、男鹿のナマハゲはユネスコ世界無形文化遺産登録に挑戦中だ。急性アル中を心配しなくていい若者と嫁っこがいっぱいいればいいのだが、人手不足で文字通り「遺産」になりかねない状況である。
ナマハゲ観光ポスター
秋田駅のナマハゲ
男鹿半島より鳥海山を望む