幕末に到来した黒船は日本にカルチャーショックを与えた。戦艦の大きさ、軍服、高慢な要求など、異国のすべてに日本人は衝撃を受けた。鎌倉時代の元寇も同様だった。武士は戦う前に「我こそは何の誰それである!」と名乗るのが礼儀だったが、そんな習慣がない元の兵士たちは、アホかと笑いながら矢を射かけてくる。武士たちは困惑した。
いずれも30代で、急にイライラする、自分が自分ではないような、居場所がないような気がする、人と話していてもどこかピンと来ないという患者3人を同時期に診たことがある。症状の他に仕事や留学で3年から5年間の海外経験があるのも共通していた。そこで一人に、カルチャーショックが続いていないだろうかと言ってみた。彼は驚き、外国に着いてちょっとの間は感じたが、むしろ適応は早かった方だという。
カルチャーショックとは、異文化に触れ、習慣や文化の極端な違いに衝撃を受けることである。一方、先の3人のように、帰国後、今まで馴染んでいたはずの生活に、何か変だと違和感を覚えるのが逆カルチャーショックで、国内外を問わず長期滞在から帰国した人に見られる。
ある友人は美大卒後、アフリカ象牙海岸国に留学した。アビジャン空港を出ると砂糖に群がる蟻のように真っ黒い現地人に取り囲まれた。みなピンク色の手を差し出して何かわめいている。その後の詳細はともかく、1年後に帰国した彼は、日中は自室にこもり、夜は車でさ迷うという生活を3年続けた。20数年後、親の会社が傾き、銀行など債権者との交渉中に父親は急逝、長男の彼が苦難の道を継ぐ。「夜逃げしてもおかしくないあの状況を乗り切れたのは、アフリカ体験のお陰」と彼は回想する。
いわば「内なる黒船」を抱えた3人も、逆カルチャーショックをバネに人間が一回り成長するかもしれない。もっとも、若いころ4か月ほど海外を放浪した私は今なおピンボケのままだ。
八郎潟町浦城にて
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