先日、八郎潟(湖)に近い小さなレストラン「風香庭」で、ジャズピアニスト河野康弘氏のライブがあった。日本にはおよそ600万台のピアノがあり、そのうち450万台は眠っているとされ、そんな「冬眠ピアノ」を蘇らせる「お目覚めコンサート」を彼は20年以上続けている。立派な木材が使われているピアノの寿命は人より長い、森林資源からしても、もったいないと、必要とする内外の人に冬眠ピアノを回す活動もしているそうだ。
河野氏の面目はフリージャズ。学生時代に何度か見た山下洋輔氏のピアノ線を切る熱演を思い出しながら聴いた。懇親会で河野氏は客を右隣に座らせ、小気味よい和音とリズムを刻んで連弾を楽しませてくれた。メロディから解放された素人たちは、彼を真似て拳や肘でも鍵盤を叩く。それがサマになる。私も挑戦し、知ったかぶりの和音を鳴らしたら「ダメダメ。もっとデタラメに!」と注意され、指が痛くなるまで弾いた。だが自分だけでなく、皆さんデタラメに弾いているつもりが、やがてパターン化してしまう。
高等数学では、数字をデタラメに並べることは難しく、無秩序の中に秩序が生じるといわれる。医師は患者に規則正しい生活をするよう指導するが、夜更かしして昼まで寝て、体調が悪いと訴えるのに、そのデタラメ生活を自覚しない人が多い。ともかく、不規則な生活もやがてパターン化する。しかも今の日本では3人に1人が交代勤務、テレビもコンビニも終夜営業、昼夜逆転に違和感がない、不健康な状況である。
フリージャズのピアノ連弾は、デタラメに鍵盤を叩く素人が放蕩息子、伴奏するプロがそれを見守る親を連想させた。国家と、権利ばかり主張する一部国民、逆に、勤勉な国民と、それに支えられている政府との関係にも似ている。昼夜逆転を改めず、先生の顔を見ると安心、などと言いながらさっぱりお目覚めしてくれない患者たちが、今日も外来を賑わす。
河野康弘氏
「風香庭」で挨拶する筆者