ベラルーシ国立放射線医学研究所の所長が秋田県庁を訪れ、知事ら関係者と挨拶を交わす場面がテレビで報道された。遠来の客は正装なのに、わが方は知事以下ウオームビズ。所長は相手が秋田県のトップたちということで威儀を正して会見の臨んだはずで、となると何とも滑稽というか、違和感が残る映像だった。
男鹿半島の住民が「神様」と呼ぶ名医がいた。彼は10年前に急逝したが、「医師会が勉強会に招く講師は背広姿なのに、聴講する会員の格好がラフすぎる」とぼやき、ネクタイだけでもして来なさいと若い医師を注意していた。上司と出かける時は、その人がステテコ姿でも若い者は正装して付き添えと教えて下さった学生時代の恩師もいる。今、80歳を越えたこの恩師と食事をご一緒する際、私はなるべく新しい背広を着ていく。
2年前に胃がんで亡くなった神戸の江藤暢英氏は私のクリニックの設計者である。3回忌が過ぎた昨年師走、ご夫人からとんでもない申し出があった。ご夫妻が国賓として招かれたウイーンの舞踏会で着用したタキシード一式を、体格が似ている私に形見分けしたい…。彫刻家イサム・ノグチの弟子だった江藤氏は、交友関係も仕事もグローバル時代の先駆け、私ごとき田舎医者とは別世界の人間であった。さらに私は置いておくとして、では、細君は何を着用すればよいのか。彼女はこうもおっしゃる。あなたも還暦、これから着る機会が増えます、4人のお子さんたちの華燭の宴も遠くないでしょう…えっ!
年末年始は近くの神社で様々な行事が執り行われる。雪の舞う境内、肌を刺す冷気、ぞろぞろ歩く礼装の中高年男たち―日本の正月だ。一方、日本国民の66万人、秋田県人口の半分以上が海外の観光地で年越しをするという。うらやましいというか、罰当たりというか…。ぼやきの主は、「フランスはあまりに遠し、せめては新しき背広を着て(朔太郎)」お屠蘇を頂き、医神アスクレピオスの蛇のようにとぐろを巻いて、シャルウイダンス?…謹賀新年。
ハートインクリニック 頌春
江藤暢英氏(1940~2010)
近所の月山神社