四半世紀前のある年度末、某公立病院で人事異動が内示され、騒動になった。新しい町長が、選挙を応援した病院の労組幹部らを特別昇進させ、そのあおりを食らった精神科病棟の男性看護師が町営老人施設に、看護職ではなく、一般職として異動という内容だったからである。
本人は衝撃を受け、同僚たちも私の上司である精神科科長も怒った。医局で他の科の医師らに事情を話すと、精神科なんてヒマそうだから、その男、サボって左遷じゃないのと素気ない。将来有望なまじめ人間だ、そもそも精神科がヒマとはけしからんと反論、説得に努め、この人事の撤回を求める文書に医師全員の署名を得た。首謀者は県の辞令で1か月後に転勤する私である。
署名を携え団体交渉に臨む。相手は総務部長と病院事務長、何事にも反応が鈍い昼行灯院長、うろたえる総師長。頼みもしないのに「面白い」と私より先に会議室に乗り込んだ内科科長は、いい加減な連中だから録音しておこうと言う。私は医局のテレビの上にあったウオークマンの埃をはらい、大テーブルの真ん中にそっと置き、メモ帳を出した。
結果は上々で、精神科はヒマだとのたまった内科医が熱弁をふるい、町側は異動を取り消した。ところでこの交渉、例えば私が部長に何か質問すると彼の目線は私にではなく録音機に向く。気がつくと質問も回答も全員が録音機に向かって喋っていた。
待ち構えていた病棟の職員たちは寿司屋を予約していた。録音を肴に一杯やろうという訳で、趣味が悪い。が、残念ながら録音機には電池もテープも入っていなかった。だからこれしかないとメモをヒラヒラさせたが、「今さら病院のメンツでもないでしょ。隠しちゃダメ」と私を責める。
録音機の故障を確認して、「ひどい…でも素敵なペテン師!」と叫んだおば様はのち総師長に、件の看護師も病棟師長になって病院の経営改善に貢献した。武家屋敷で有名なその街で私が今でも大きな顔で飲めるのは、こうした事情による。
きょう始まった竿灯
ハートインクリニックのねむの木
千秋公園お堀のハスが満開