NHKの「日本縦断こころ旅」で俳優の火野正平さんが秋田県三種町を訪ねた。八竜メロンと釜谷浜海水浴場、夏の砂像イベント「サンドクラフト」で知られる。番組は、同町出身の視聴者が綴った幼い日の思い出の地を、火野さんが自転車で訪ねるという趣向だ。メロン畑脇の道路を通り、薄暗い松林を抜けると釜谷浜が広がる。左手には男鹿半島。
砂浜に座った火野さんがつぶやいた。「あれはなかったよな。お手紙をくれた人がちっちゃかった頃は。あんなだよ、今は」海岸には風力発電の巨大風車が20基ほど、ずらりと並んでいる。
私の医院の待合室に、山形・秋田の県境沖合に浮かぶ小さな飛島から撮影した鳥海山(2236m)の写真がある。角館の写真家、千葉克介氏の作品だ。「これと同じ写真はもう撮れない。全国いたるところで風車が景観を変えている」と彼は言う。秋田市北郊の潟上市大久保地区は、八郎潟干拓まで佃煮生産などで栄えた街だが、そのど真ん中に最近、太陽光パネルが大量に設置され、住民は度肝を抜かれた。飲み屋が減って空き地が増えたせいである。
国が推進する「再生エネルギー買い取り制」は、電気料金値上げにはつながっても地元雇用にはつながらないと非難する人もいる。確かに風力もパネルも、自家消費より金儲けが目的のサギに近いエコ道具に化けてしまった。もっとも、釜谷浜付近の若い住民に風車の感想を問うと、「かっこいい」という答えが多く、行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず…万物流転であったか。
国民文化祭あきた2014で、潟上市が作品募集した「日本の原風景写真コンテスト」には44都道府県から1500点余の応募があった。原風景の判断と審査基準が興味深い。それはともかく、最近の医師は患者に聴打診をしない、触診や挨拶などもっと“人情”を重んじる赤ヒゲ先生に帰れという声が増えている。だが、風車や太陽光パネルのある風景が懐かしい古里なら、患者よりパソコン画面に集中する診察も医療の原風景となるのかもしれない。
釜谷浜の風車
釜谷浜
国文祭潟上市