今日の秋田新幹線「こまち」は揺れが少ない…と、うたた寝から覚めたら窓の下は季節ハタハタ漁にわく船川港、私は日本海を望む男鹿みなと市民病院の4階特室だった。3食昼寝付き、看護士ら職員はみな秋田美人で親切、差額1泊5千円はホテルより安い。大陸から来訪した「なまはげ」が住みついた理由がよくわかった。
だるい、食えないで師走初日に友人の医院を受診した。眼を見せろという。「黄色い」「おぬし、皺がふえた」。40年来の付き合いだが至近距離で顔を見るは初めてだ。検査の結果GOT、GPTが3000弱。入院となる。
GOT、GPTは肝細胞の中から血中に出てくる酵素で、新陳代謝で古い細胞が壊されても血中に出るため30前後が正常、過度の飲酒でも100~200。3000だと肝臓は赤く腫れハタハタ漁みたいな騒ぎで、劇症化すると危ない。急性肝障害は牡蠣など海産物の生食で感染するA型ウイルス肝炎、血液感染のB型、C型、サプリなど薬剤性もある。安静で諸症状は盛岡・秋田間のこまちのようにゆっくり快方に向かい、やがて潜伏期間2~8週のE型ウイルスと判明した。「過去2ヶ月間に四足の生肉は?」と主治医。夕べの食事もうろ覚えです…。
沈黙の臓器・肝臓にふと忠臣蔵を連想した。大石内蔵助は主君浅野内匠頭の切腹とお家断絶の後、仇討ちを叫ぶ藩士らを抑え、浅野家の面目が立つよう幕府へ執拗に働きかけた。書状には幕府の偏った処遇への批判も忘れていない。そして全てが徒労だったと判断するや、動く。その間、廓通いの遊び人、昼行燈と周囲に批判され続けたが、彼はわが肝臓の如く臥薪嘗胆、機が熟すのを待った。一方の私は休肝日を設けるなど、コツコツためてきた健康貯金をそっくり持って行かれた感じである。
肝炎で1年ほど療養したある医師は、退院後3年間、ノンアルコールビールで耐えた。今を我が世の春と呑み呆けている仲間にこの話をメールしたら、あろうことか医者の不養生伝説と結び付き、私は「飲み過ぎで肝臓をやられた」ことになり、酒は関係ないといくら訂正しても埒が明かない。肝臓にいいと漁港で求めた新鮮なハタハタを持参し特室で刺身に下ろす男まで現れる。
人生がままならないのは慣れている。今回は体もままならないと思い知った。暴風雪にむせび泣く半島の海と山を眺め、困難でも次の3点に絞って生き方を変えようと決意した。宴会は乾杯のみ。撤退は早めに。人の話はよく聞く。その前に甘党に変身だ。
打ち上げられたハタハタのブリコ
ブリコは人がとると犯罪、カモメはOK
病室でハタハタのぶりこ(卵)を調理中
能代おなごりサンバダンサー