とある斎場で2人の男が紫煙をくゆらせていた。「先輩、そろそろ禁煙しなよ」「お前さんこそウイスキーはそろそろ卒業したらどうだ?」-恐れながら、と私は一方に年齢を尋ねた。「81だ」といい、もう一方は「2歳上」と答えた。火葬が終わると若い方は8人乗りワンボックスカーで颯爽と立ち去った。これから孫夫婦と曾孫ら6名を連れて海へ行くという。
詩人のサミュエル・ウルマンに「理想を失うとき人は老い始める」という言葉がある。理想は遊びと言い換えできそうだが、先日の新聞に高齢者とは65歳以上と考える人が20%、70歳以上が41%とあり、「老い始め」の年齢は後退している。
8月8日に天皇のお言葉がテレビで放映された。体調が思わしくない、国民を思い国民のために祈るお勤めに自信が持てないといった理由のようだが、平成元年に55才で即位されたとき大学同期に方が、「自分は間もなく定年で、余生はのんびりと考えている時期に、天皇はこれからだから大変だと当時思った」と述べていた。あれから28年、陛下の潔いご判断もそうは問屋が卸さない雰囲気である。
全国各地のインフラは建設から半世紀を過ぎて老朽化が進み、笹子トンネル事故のように道路や橋は遠からず崩壊し、人が死に、行政担当者は刑事被告人になるだろう。同じように、増え続ける高齢者も続々と亡くなり、斎場の確保もますます難しくなる。一方、在宅死の半分は看取りではなく警察等による検案で、今後、孤独死、事故死といった形で最期を迎える人が急増するとも言われ、インフラの老朽化も高齢者の最期も、私たちにとって不都合な真実が現実化しつつある。
斎場で出合った2人とは翌日の葬儀でも一緒になった。故人は75才だった。「あいつは子供のころ洟垂らしの泣き虫だったが、秀才だった。まさか俺たちより先に死ぬとはね」と陛下と同齢の男が酒を飲みながら煙草を吹かす。「古いトンネルが壊れる前にあっちへいけるかな」と若い方もウイスキーと煙草を飲んでいた。形あるモノはいつか壊れる。人は理想を失わないこともできるが、インフラの方は老いて朽ちるだけか。
秋田県立小泉潟公園「水心苑」のモネの池
形あるモノは…右は骨折、左は手術後
手術から2日後の講演
10月の水心苑