ニューヨークのメトロポリタン劇場で上演されるオペラ(MET)が時々テレビで放映される。先日、今を時めくソプラノ歌手、ロシア生まれのアンナ・ネトレプコ主演のオペラ「イル・トロヴァトーレ」を見ていたら、幕間にインタビューを受ける彼女の傍に幼い子供が現れ、「ママ、早く歌っておうちへ帰ろうよ」というのであった。なるほど、おなかをすかしている子供にとってこの作品は長すぎる。
あまり行儀のよくない我が家のチワワは、「待て!」と家人が命じるとしばらくはエサを前にじっとしているが、待たせすぎると勝手に食べ始めることがある。夕食などで家族みんなが揃う前に私も箸に手を付けることが多いので犬を責める気にはなれない。ADHD(注意欠陥多動性障害)気味の大人は一般に幼児や小型犬と似て待つのが苦手である。そんな私が患者に、「子供に留守番をさせるときは大きな時計の長針を指さして、『この針がここに来るとお母さんは帰ります』と言っておけば子供は待てる。時計の中にお母さんがいるも同然だから」などと言っているから面はゆい。
何かと気ぜわしい今の世の中、待つ苦痛を減らすため色々な方法が編み出されている。ディズニーランドでは着ぐるみのキャラクターたちが待つ客を楽しませ、道路の工事現場や横断歩道ではあと何秒待てばいいかを示すカウントダウン式信号機が増えてきた。確かに残り秒数を数えているだけでヒマはつぶせるし、イライラも減る。
今年9月、秋田市で青森の詩人・エッセイストの伊奈かっぺい氏が愉快な独演会を行い、その中で自費出版した最初の本にページ(頁)数を逆につけた話をした。全160頁とすると、目次が157頁、後書きが5頁、奥付が1頁で、読み進むにつれ残り何ページか一目瞭然である。トルストイの「戦争と平和」もこれなら最後まで頑張れたかもしれない。
考えてみれば、寿命というゴールが不明な我々の人生はカウントダウンが難しく、ヒポクラテス先生に「技芸は長く、人生は短い」と警告されても、「大丈夫。そのうち何とかなります。あわてなさんな」などと診察室で患者に先延ばし作戦を語る日々である。そして、「もういくつ寝るとお正月」の師走は、師匠も走るというわけで、何かと気ぜわしいのは昔から同じ、待つ身がつらいのも今に始まったことではない。そろそろ大晦日のカウントダウン騒ぎが世界各地で始まる。ロケット打ち上げのゼロのように、皆さま、来年に向かってイグニション、ゴー!
なつかないジオンと
冬のハートインクリニック(自宅の左ブルーの壁面部分)
師走の秋田の夜空
秋田魁新報社マリマリ連載「輝きの処方箋」100回記念品