眼光鋭い白髪の爺さんが隣で寿司をほお張っていた。食いっぷりがいいので思わず、失礼ながら、と年を尋ねたら、黒柳徹子さんと同じという。ワイシャツの襟から覗く左肩のあたりが変形している。訳を問うと彼は次のような話を始めた。
「私はこの年までずっと道路を渡る時は車が止まってくれるものと思っていたが、3年前、止まってくれない車があって、鎖骨を折り、犬は即死した。今では道路を渡る時、家内が笑うくらい慎重だ。車だけでなく警察も信用できなくなった。年寄りの落ち度ばかり責めて運転手の処分は意外に軽かった。おかしな時代になったものだ…」
昔は人が道路端で立っていると車は一時停止して歩行者を横断させたものだが、最近そんな車はまれである。先日も猛吹雪の秋田市内で道路脇に立っている人がいたので、どれくらい待っているのか尋ねたら、2分近い、車は止まりませんねえと苦笑いし、別に怒っている風でもない。ドライバーが無神経になったのか、歩行者が辛抱強くなったのか、いずれにせよ、おかしい。
日本の交通事故死に占める歩行者の割合は米国やドイツの2倍半と極端に高く、あまつさえ歩行者の非を責める傾向がある。数年前、ニュージーランドに短期留学してきた教師は、「あの国では街の繁華街に入る道路や、横断歩道の手前の路面に凸凹をつけて車を減速させるハンプがあって、速度制限の標識はなかった」といっていた。こういう歩行者優先の道徳が日本ではすたれてしまった。
高齢の定義を65才から75才へ延長しようという昨今、高齢運転者の事故があるとテレビは半年も前の映像までヒステリックに流し免許返納を呼びかける。今月に入ってからすでに5人の70代が「老人は車の運転をやめてもっと働けというのか」と外来で嘆いた。70才で就任したトランプ大統領は米国第1、小池都知事は都民第1…「犬は即死した」と無念そうに寿司をつまんでいた白髪老人に対しても、実に無礼なドライバー第1の日本である。
男鹿潟上南秋医師会の医聖祭(左はヒポクラテス、右は神農)
掛け軸に二礼二拍手一礼して
米と塩を御神酒を頂く
冬の秋田を彩る白鳥の編隊(ハートインクリニック後ろの田んぼにて)