ヒマつぶしに1人で五能線に乗って弘前まで行ってきた友人がいる。ワンカップを片手に荒れる冬の日本海を眺めながらいい旅だったという。鉄道マニアの彼は少年のころから一人旅を好み、たまに私を誘えというと「面白き人と一緒の旅は幸い。つまらぬ人となら修行」などといって毎度しぶる。
学生時代、ある教授が事務部長と2人で海外視察旅行に出かけ、当時現役だったコンコルドでパリから南米に飛んだ。帰国直後に感想を伺うと開口一番、「あの男、人は好いが退屈だった。ノリが悪くて」と苦笑いされた。クスコの石組みは剃刀の刃一枚通さない。すごいねというと、そうですか、と万事この調子だったそうだ。
日本人は概して団体旅行を好み、1人旅は苦手、というより経験のない人が多いといわれる。私はどちらかといえば友人と同じ一人旅派で、若いころは海外もほとんど単独だった。1人だと宿を決めておく必要がない。鉄道の旅なら行き当たりばったりの駅に降り、ホテルを探すが、満員ですとフロントで断られても、どんな部屋でもいいと粘ると1人だと都合してもらえる場合が多かった。
フランスのトゥールという街では、やっと確保したホテルから夕方の散歩に出かけたら、濃紺の屋根と白い壁の街並みが薄いブルーに染まってあまりに美しく、ロワール川のほとりに立ちつくした。この感動を語り合える相棒のいないのがちょっと残念だったが、もう一度見たいと思い連泊した。計画もない一人旅なればこそだ。だが、翌日の夕暮れは前日ほどではなかった。当たり前の話で、気象条件が昨日とは違った。
夫を2年前に亡くし、子供たちも独立して1人暮らしの患者さんが先日、生まれて初めて1人で一泊旅行をしてきた。「団体旅行しか経験がなかったので不安だったが、1人旅の気楽さを味わえた。ただ、翌朝、部屋の窓から息をのむような雪一面の景色を眺めていて、ふと新聞で見た『健やかな夫の寝息を聞きながら今の幸せ長きを願う』という一句を思い出して涙が止まらなかった」という。誰はばかることなく存分に泣けるのも1人旅ではあるまいか。
横手の雪祭り。娘のかなえの作品で、インスタグラムでMVPをゲットしたとか
その裏から
秋田市千秋公園の与次郎稲荷神社。千秋公園の与次郎稲荷の与次郎は、秋田と江戸を6日間で往復した飛脚。そのあまりの速さにほかの連中の嫉妬を買い、山形で殺されたそうな。秋田には与次郎駅伝がある
千秋公園から望む太平山
写真撮影:佐々木かなえ