年を取ると愚痴(ぐち)と白髪(しらが)が増え、病気も増えて薬も増える。私が嘱託医をしている特養でも、新しく入所してくる老人の薬がやたら多く困惑する事が少なくない。施設では食事等の生活管理が行き届き、飽食三昧だった若いころからの薬はほとんど不要となる場合が多いのである。
「自分で飲みたいと思わない薬、親に飲ませたくないような薬は処方するな」と講義でおっしゃったのは聖路加病院の日野原重明先生である。学生時代に特別講義を受けたころ先生はまだ60代だった。先生の講義を思い出すような相談はうちのクリニックでも時々受ける。
80才の患者の息子が、「親父の薬を数えてみたら24種類もあった。この年でこんなに飲んで大丈夫だろうか」という。おまけに父親は物忘れが進み、薬を間違えるので家族は目が離せないからなお大変だ。こんな例は稀ではなく、神経質な人や認知症が始まった人は、不安が強いためか、ちょっとした症状ですぐ医療機関へ行く。すると内科から5つ、整形外科4つ、耳鼻科…といった具合に1つの科では少ないが合計24種といったことになる。
私の学生時代、日本の老人医療費は無料だった。ごみ箱に捨てられた大量の薬がテレビで放映され問題になったこともある。日野原先生のお話にはこんな背景があった。その後も実情はさほど変わらないまま時は過ぎ、昨今は高齢者医療の負担の上限引き上げが論議されている。国家予算100兆円の4割が医療福祉関連ともなれば、東京五輪予算の1丁、2丁、3丁のような豆腐の数え方では間に合わず、どこでも自由に受診できてタダに近い高齢者向けの現制度は、やっぱり高くつく。
前述の患者と息子には、とにかく手を打とうということで、各医師宛てに、「ご本人は認知症が始まり、日中は家に1人で正しい服薬が難しい状況。家族のいる朝と夜に処方を整理、できれば1日1回にして頂きたい」と薬手帳に書いた。1カ月後、薬は9種に減って、やれやれと思っていたらその3か月後、また15種…。物忘れと心気症の患者はまたあっちこっち別の医師に通い始めていたのだった。
秋田にもやっと梅が…
際どい日本の医療態勢(ゴヤの銅版画より)
我が道を…なかなか行けない