出勤前に腹が痛くなる、会社に着くと動悸がし、仕事が始まると手が震え…こんな相談は日常茶飯である。ストレスによる緊張症状だが、この夏、自分もたっぷり経験した。
リオのカーニバルは行ったこともないが、8月の浅草カーニバルは一度見た。出場チーム中トップクラスの『横浜サウーヂ』は、秋田県能代市で9月上旬に行われる『おなごりフェス』常連で、一番人気である。仙台すずめ踊り、盛岡さんさ、花輪ばやし、青森ねぶた、横浜中国龍舞、竿灯、能代七夕など県内外の団体が夏の名残を惜しみつつ広い道路をパレードする。
数年前から私は横浜サウーヂのダンサーと演奏者に給水などお世話するチームの一員としてほぼ1年おきに過去4回参加してきた。観客は多い年で30万人。まばゆい照明の中を主役らと行進するのは愉快で、各団体を間近で見られる役得もある。
7月末、サウーヂのメンバーである私たち地元のサンバ打楽器隊の師匠から、3年ぶりに参加できるかと話があった。北半球の女王といわれるサウーヂのクイーカ奏者に憧れていた私は、この話を給水係ではなく演奏と勘違いし「クイーカで」と返事してしまった。
クイーカは太鼓の皮の真ん中に取り付けた細い棒を、湿った布やスポンジでこすって音を出す。しかし、4年前に独学で始めたものの稽古もろくにしていない。それを知る師匠から数日後、「本当にやるのですね?」と演奏する曲のCDを渡された。聴くと我々の打楽器隊とは異次元の速度である。たちまち不安になり、給水係に戻ろうと決意した。が、師匠はもう手を打っていた。
横浜の女王による通信指導が始まる。退くにひけない。朝な夕な必死で稽古する私を家族は「顔が変。緊張?」と心配し、仲間は「精神科医だから緊張をほぐすプロだよね」とからかう。曲に合わせキーキー棒をこすり続けていたら隣家の犬がキャンと鳴いてもビクっとした。音が似ているのだ。
9月9日、本番。久々にお会いする女王に身を硬くして挨拶すると彼女は笑顔で私の楽器を調整してくれた。ド派手な衣装に身を包み、今年も12団体が次々出発する畠町通りへ。「先生、ふるえている」という者もいたが精神科医でも過緊張は手におえない。スタートの笛が鳴るや「引っ張ります!」と隣の女王。テンポを外すなと師匠に厳しくいわれている。女王のクイーカは時々大音量で咆哮し打楽器隊に気合を入れる。往復2キロ2時間、死にもの狂いでついて行った。
終わると棒は折れスポンジはぼろぼろ。「頑張った証拠!」と女王はねぎらってくれたが、慰労会で飲んでも解放感はなかった。それから3日間、緊張感はほぐれない。師匠が言うには、これをリオでは「灰の水曜日」といってカーニバル後のウツだそうだ。師匠の娘さんも「初めて浅草に出た時は私もそうでした」という。1週間後、女王からメール。「東北にもステキなクイケーロが誕生です。ようこそ、こちら側へ(^-^)」またもや、ニアミス…。
能代七夕
盛岡さんさ
花輪ばやし
横浜中国龍舞
青森ねぶた
横浜サウーヂ打楽器隊(バテリア)
横浜サウーヂ・ダンサー
クイーカ女王の笑顔と超緊張の私