3年前、隣町に住んでいた80才の爺さんが自宅をたたんで都内の息子宅へ引っ越して行った。5年前に妻を亡くしてから1人暮らしで、雪が降るころになると、「先生、春まで息子のところです」と言って出かけ、桜が咲くと秋田へ戻る生活を繰り返していたのだが、次第に口ぶりが変わってきた。「この辺は歩道が狭いし、飛ばす車が多くて散歩も危ない。全体が殺風景だ。その点、東京は古い神社や寺からモダンな建物まで色々あって飽きないね」と笑顔を見せ、そして3年目、「余生は東京で暮らします」と息子の勧めに従って秋田を去った。
夫を亡くしてひとり身になった60代半ばの女性は、時々都内の息子宅を訪れていた。やがて彼女は嫁との関係を気遣って息子のマンション近くに自費でアパートを借り、上京中はそこで過ごすようになる。近所の八百屋のおかみさんと昵懇になって働き始め、ついに、「先生、長い間、ありがとうございました。来月から私も都民です」といって秋田を去った。
また、わがクリニックの近所に1人で住む70代の女性画家は、冬場は神奈川の娘宅で過ごし、首都圏の美術館めぐりとデッサンに励み、秋田に帰ると楽しそうに感動した作品の話をし、絵を描いている。彼女も最近、「私、思い切ってあっちへ行こうかな」と言い始めた。
東京一極集中といわれるが、うちの近辺を眺めるに秋田を離れるのは若者だけではない。ある老人は、「先生、都市の空気は自由にするっていうじゃないですか。こんな田舎なのに年寄りは運転するなとうるさいし、運動施設がないから歩くしかない。まるで囚われの身だ」といい、都会の方が便利で楽しい、先が長くないから東海大地震も気にならないと移住計画を語る。この調子で、いずれ介護が必要となりそうな、金にやや余裕のある高齢者も首都圏を目指す。ま、都民ファーストということで、東京には頑張ってもらうしかない。
*写真:佐々木かなえ(千葉克介写真教室)