アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「精神科医のニア・ミス」No.87

郵便屋さん ~近代郵便制度と現状~

昨年4月、学生時代からお世話になっている栃木の商店へ本を送ったら数日後に戻ってきた。宛先の住所が正しくないとメモが張り付けてある。だが、住所録を見ると間違いない。小さな集落で唯一のこの店は住民のたまり場である。今度は商店名を太字にして同じ住所へ投函した。が、数日後また戻ってきた。電話すると、「先生はいつも番地を間違えているけど、届いたのになあ」と店のおじさん。確かに年賀状は戻ってこない。正しい番地に書き直して送ったらやっと届いた。

文芸春秋4月号に作家の保坂和志が『届かなかったレターパック』と題する随想を書いている。妹に送った本が戻ってきた話で、妹はその小さな街の住民なら誰でも知っている公団に住んでいる。番地を忘れたくらいで戻すのは誠意がないと郵便局に抗議したら、「住所をもとに配達するのが建前」が返事であった。これはルールを盾にした意地悪か配達能力の低下だと怒る。

これとは逆に、私が栃木に新設された大学に入ってすぐの頃、オーストラリアの大学で院生をしていた友人から「茨城県・小山市の近く・自治医科大学・佐々木康雄様」と宛名書きされた手紙が届いたことがあった。小山市は栃木県、大学には学生教職員など数百名いる。学生寮の仲間は「俺たちも有名になったものだ」と感心していたが、郵便局の親切心というものであろう。

近代郵便制度を創設した1円切手の前島密は、誰もが平等に利用でき、住民を支える通信システムを目指した。普及のために郵便局をその地の名主や名士に委託し、私が子供の頃の局員は郵便屋さんと呼ばれ住民と親しい間柄だった。ところが昨今、局員の異動は採用地からやたら遠かったり、県外だったりと局員自身も苦労が多い。実際、彼らの受診も増えてきた。どうも、前島密の精神を受け継いでいるのは郵便局より宅急便かといった印象だ。

わが家は医院兼用で自宅玄関に鍵はかけない。「家主不在時は靴棚の上にある印鑑を押して下さい」と書いたメモを目立つように貼ってある。宅急便はその通りにするが、郵便局は何か特別な規則でもあるのか荷を持ち帰ってしまう。民営化といっても所詮はお上の発想が抜け切れず、局員たちに私は同情している。

愛犬ジヨン君は何か見つけた

食えるか、食えないか、それが問題だ

そのころ飼い主たちは…

もうすぐ角館の花見だね、ジヨン君

新宿駅の寿司「ほり川」で一杯

*写真:佐々木かなえ(千葉克介写真教室)

尾根白弾峰

尾根白弾峰(佐々木 康雄)

旧・大内町出身 本荘高校卒

1980年 自治医大卒

秋田大学付属病院第一内科(消化器内科)

湖東総合病院、秋田大学精神科、阿仁町立病院内科、公立角館病院精神科、市立大曲病院精神科、杉山病院(旧・昭和町)精神科、藤原記念病院内科 勤務

平成12年4月 ハートインクリニック開業(精神科・内科)

平成16年~20年度 大久保小学校、羽城中学校PTA会長

プロフィール

1972年、第1期生として自治医科大学に入学。長い低空飛行の進級も同期生が卒業した78年、ついに落第。と同時に大学に無断で4月のパリへ。だが程なく国際血液学会に渡仏された当時の学長と学部長にモンパルナスのレストランで説教され取り乱し、パスポートと帰国チケットの盗難にあい、なぜか米国経由で帰国したのは8月だった。

ところが今の随想舎のO氏やビオス社のS氏らの誘いで79年、宇都宮でライブハウス仮面館の経営を始めた。20名を越える学生運動くずれの集団がいわば「株主」で、何事を決めるにも現政権のように面倒臭かった。愉快な日々に卒業はまた延びる。

80年8月1日、卒業証書1枚持たされ大学所払い。退学にならなかったのは1期生のために諸規則が未整備だったことと、母校の校歌作詞者であったためかもしれない。

81年帰郷、秋田大学付属病院で内科研修を経てへき地へ。間隙を縫って座員40名から成る劇団「手形界隈」を創設、華々しく公演。これが県の逆鱗に触れ最奥地の病院へ飛ばされ劇団は崩壊、座長一人でドサ回り…。

93年に自治医大の義務年限12年を修了(在学期間の1倍半。普通9年)。2000年4月、母校地下にあった「アートインホスピタル」に由来した名称の心療内科「ハートインクリニック」開業。廃業後のカフェ転用に備え待合室をギャラリー化した。

地元の路上ミュージカルで数年脚本演出、PTA会長、町内会や神社の役員など本業退避的な諸活動を続けて今日に至る。

主な著作は、何もない。秋田魁新報社のフリーペーパー・マリマリに2008年から月1回のエッセイ「輝きの処方箋」連載や種々雑文、平成8年から地元医師会の会報編集長などで妖しい事柄を書き散らしている。

医者の不養生対策に週1、2回秋田山王テニス倶楽部で汗を流し、冬はたまにスキー。このまま一生を終わるのかと忸怩たる思いに浸っていたらビオス社から妙な依頼あり、拒絶能力は元来低く…これも自業自得か。