昔勤めていた病院にある日、熊に襲われたばあさんが運ばれてきた。山菜取りの最中に熊と出くわし、背中や肩を引っかかれた。だが命に別状はなく、救急車からしっかりした足取りで降りてきて、両腕にしっかり山菜の束を抱えていたので医師たちは目を丸くした。こんな豪傑ばあさんは滅多にいないが、里山に熊やサル、イノシシ、カモシカの出没は最近増えている。
これは、杉植林により実のなるブナやナラが奥山で減少し、彼らが人の減った里山に下りてきたためと言われる。おまけに地球温暖化で野生動物は冬の食糧に困らなくなり、仔は増え、生息域の北上も確認されている。とどめはハンターの激減だ。
人はどこへ行ったか。便利を求めて地方では県庁・市役所所在地に群がり、若者は首都圏へ出ていく。今日診察にみえた一人暮らしのじいさんも、妻の3回忌を済ませたら秋田から千葉の長男一家のもとへ引っ越すかどうか悩んでいた。
都内の老舗大学では学生の60%以上が自宅通学となり、全国各地からの学生で保ってきた大学文化の多様性が薄まった。その結果「首都圏地方」の学生による田舎化が進んでいるという。政治が里山化と没個性化に陥るのも当然である。
ところてん式に山奥の熊は里山へ、里山の住民は首都圏へ、子や孫は往復4時間かけて都心の大学へ、北の白熊と隣のパンダは里境の空と海へ…。今、アジアからの留学生が大学の多様性を穴埋めしている。いずれ豪傑ばあさんを教授に、野生のウマとシカを新入生に迎えることで、都会の大学は元気な里山文化をゲットし、子らの賑わいが地方に戻ってくるかもしれない。
地域フォーラムのパネリストとして登壇(向かって左が筆者)