アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「精神科医のニア・ミス」No.97

犬っこ祭り ~人はみな働かなければならないか?~

人の背丈の倍近い雪像の「犬っこ神社」で犬連れの家族が宮司のお祓いを受けている。ワンちゃんもじっと大人しく待っている―。2月10日、秋田県湯沢市で開催された犬っこ祭りでの光景である。400年を超えるこの伝統行事に県内外から2日間で17万人が訪れた。むろん犬連れが多く、徳川5代将軍家綱が発布した生類憐みの令の元禄時代さながらに大小さまざまな犬が会場を闊歩し、まさにワンちゃん天国。「犬っこカフェ」は10匹を超える犬と人で満杯、雪のドックランでは犬たちが思い思いに走り回っていた。

町内会でたまたま飼い犬を亡くして間もない女性3名が「もう犬は卒業。可愛いけど、犬がいた間は旅行もできなかった」と口をそろえた。テニスクラブにもそういう会員がいる。わが家でも家人は泊りがけの旅行となると、チワワのジオンを残して行けないと渋り、5年前から遠出はほとんど私一人である。あまつさえ家人は、甘やかし過ぎだという私に「ジオンは働かなくていいのです」といい、「犬も何か手に職を」という長男には「就職もさせません」と開き直るから厄介この上ない。

精神科に通う無職の若者の多くは就労を気にし、働かねば、という強い思いを持っている。引きこもりたちは、仕事を持たない自分は親に迷惑をかけていると自らを責めていることが多い。あるベテラン精神科医は、「人はみなが働く必要はない。稼ぐ人は稼ぎ、働かない人たちを養うのが本来の人間社会」と言っていたが、その通りだと思う。フィンランドでは金曜半ドンを導入する際、世の中がこれだけ便利になったのにあくせく働くのはおかしい、社会が豊かになった分、ゆとりある生活をすべきと労使で給与の減額を合意したという。

働きたくても働けない人々、私のように働きたくないのに働いている人々、大して働かないのに超高額の報酬を得ている人々など、世の中は決して平等ではない。そもそも私たちの体だって、脳にしろ筋肉にしろ普段はほとんどサボっているのである。「働かざる者は食うべからず」の逆を堂々と地で行くのはペットくらいのもので、しかもお祓いまで受けている。時おり吹雪く厳寒の2月に朝から晩まで働かされていたあの宮司さんの気持ちも私と同じではあるまいか。

宮司さんからお祓いを受ける

ジオン君もお祓いしてもらいたい?

犬っこの雪像の前で

だがやはり人気ナンバーワン!は秋田犬

尾根白弾峰

尾根白弾峰(佐々木 康雄)

旧・大内町出身 本荘高校卒

1980年 自治医大卒

秋田大学付属病院第一内科(消化器内科)

湖東総合病院、秋田大学精神科、阿仁町立病院内科、公立角館病院精神科、市立大曲病院精神科、杉山病院(旧・昭和町)精神科、藤原記念病院内科 勤務

平成12年4月 ハートインクリニック開業(精神科・内科)

平成16年~20年度 大久保小学校、羽城中学校PTA会長

プロフィール

1972年、第1期生として自治医科大学に入学。長い低空飛行の進級も同期生が卒業した78年、ついに落第。と同時に大学に無断で4月のパリへ。だが程なく国際血液学会に渡仏された当時の学長と学部長にモンパルナスのレストランで説教され取り乱し、パスポートと帰国チケットの盗難にあい、なぜか米国経由で帰国したのは8月だった。

ところが今の随想舎のO氏やビオス社のS氏らの誘いで79年、宇都宮でライブハウス仮面館の経営を始めた。20名を越える学生運動くずれの集団がいわば「株主」で、何事を決めるにも現政権のように面倒臭かった。愉快な日々に卒業はまた延びる。

80年8月1日、卒業証書1枚持たされ大学所払い。退学にならなかったのは1期生のために諸規則が未整備だったことと、母校の校歌作詞者であったためかもしれない。

81年帰郷、秋田大学付属病院で内科研修を経てへき地へ。間隙を縫って座員40名から成る劇団「手形界隈」を創設、華々しく公演。これが県の逆鱗に触れ最奥地の病院へ飛ばされ劇団は崩壊、座長一人でドサ回り…。

93年に自治医大の義務年限12年を修了(在学期間の1倍半。普通9年)。2000年4月、母校地下にあった「アートインホスピタル」に由来した名称の心療内科「ハートインクリニック」開業。廃業後のカフェ転用に備え待合室をギャラリー化した。

地元の路上ミュージカルで数年脚本演出、PTA会長、町内会や神社の役員など本業退避的な諸活動を続けて今日に至る。

主な著作は、何もない。秋田魁新報社のフリーペーパー・マリマリに2008年から月1回のエッセイ「輝きの処方箋」連載や種々雑文、平成8年から地元医師会の会報編集長などで妖しい事柄を書き散らしている。

医者の不養生対策に週1、2回秋田山王テニス倶楽部で汗を流し、冬はたまにスキー。このまま一生を終わるのかと忸怩たる思いに浸っていたらビオス社から妙な依頼あり、拒絶能力は元来低く…これも自業自得か。