アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「栃木のステキ」No.12

手織り工房 のろぼっけの作家たち Vol.1―小野原由行さん 鷲巣千賀子さん―

栃木県下都賀郡壬生町は関東平野の北部に位置する自然豊かな町である。かつては「下毛野国」(現栃木県)の中心地として文化が栄えた城下町であった。慈覚大師「円仁」の生誕の地として今も大師に由来する祭りなどが催されている。現在の町には獨協医科大学とその附属病院があり一帯は比較的新しい町並みが続く。またおもちゃ工場の団地としても有名である。この町に手織り工房「のろぼっけ」がある。代表の鈴木利子さんを中心に、数人の手織り作家たちが互いに協力しあいながらそれぞれの作品を制作している。

今回は「のろぼっけ」の作家たちから個展を開催(10月3日~5日)した小野原由行さんと、栃木県立美術館で開催された県芸術祭(10月4日~16日)に出展した鷲巣千賀子さんを訪ねた。

(原稿は取材及び「のろぼっけ」のホームページを参照)

小野原由行さん-第6回全国裂織展にて堂々の優秀賞

ここちよい秋風が吹く日、小山市下国府塚の日本の原風景を残す村里の小道を車で曲がりながらすすむと、500年前に造られたという古いお屋敷にたどり着いた。小山市の指定文化財「岸家住宅」である。門から中に入ると離れ家で「小野原由行作品展」が開催されていた。

私たち取材陣が伺うと小野原さんがいつものようににこやかに出迎えてくれた。シックなお屋敷の部屋には七色が織り重なるような織りの作品とドレスやジャケットにデザインされた作品が展示されていた。中央の部屋にライトに照らされたドレスが際立っていた。「賞をいただきました」と嬉しそうに話す小野原さん。東京(上野)で開催された公募の第6回全国裂織展で見事に優秀賞に輝いた作品であった。

「このドレスは去年より前かなぁ、のろぼっけに先生が来てくださり一緒に織りました」と、機織機の前で織り方を説明してくれた。

「縦糸をストローに巻き付けてから糸を出し、長くしてからいってかえって、織っていきます。最初は10メートルくらい織ります。時間はちゃんと本数見ながらはかります。10メートルは約一週間で織り終えましたよ」と、素人の取材陣にわかりやすく実際に織るようにして説明した。「色は水色、紫、黄色、青、赤、黄色、水色、紫、白、赤、白、青、赤……」。知的障害者である小野寺さんの選ぶ鮮やかな色彩は、純粋に心のままに選んでいた。

小野原さんを導いてきた鈴木利子さんは「のろぼっけ」設立の経緯をこのように話している。

余計な情報が入らない純粋な感性で

「障害を持った人たちの感性って、何て言うんでしょう、純粋なんですね。誰もがみんな一人ひとり素晴らしい感性を持って生まれてきているそうですが、いろいろな学習をすることによってそういうものが消されてしまっている。知的障害といわれる人たちは知的な障害があるために、外から余計な情報、文化が入ってこないので、その感性をちゃんと保っているんですね。それを引き出してあげることによって、その人にしかできない素晴らしいものを発揮できるというふうに言われているんです。もし本当にそれができるんだったら子ども達の将来は素晴らしいのではないかと……。やってみると本当にその通りであることが実証されてきているんです」

小野原さんはいつも大切にしている作品を見せてくれた。「これが最初に織った帽子です。パリで被った帽子もとってありますよ」と、その明るい笑顔は少し薄暗い灯りの展示室で輝いて見えた。展示会は小野原さんの作品に人柄も加わって味わい深く、会場は大勢のファンであふれていた。人々は小野原さんが作品を通して提供してくれたおだやかな秋の一日を特別な思いで過ごしていた。

(10月3日取材)

鷲巣千賀子さん-栃木県芸術祭美術展で準芸術祭賞を受賞

栃木県立美術館の展示室の一角に人だかりができていた。準芸術祭賞を受賞した作品の前であった。色彩豊かな迫力ある裂織りの芸術作品が展示されていた。作者は鷲巣千賀子さん、全盲の女性である。タイトルは「踏み出す勇気と感謝の心」。

「本当は『母への誓い』をタイトル後半に入れようと思ったのですが、長くなり過ぎるので、そこは省いてもわかるかなと思って、このタイトルにしました」と鷲巣さん。

鷲巣さんを見守り続けた最愛のお母様が7月に病気で亡くなった。だから「踏み出す勇気と感謝の心(―母への誓い―)」の大作に魂を込めて挑んでいった。

「鈴木先生にさまざまな指導をしていただきました。色彩はこんなふうにしたらどう?などといろいろアドバイスを頂きました。ミシンがかけられないのですが、縫い付けるのも自分で手をかけなくてはと、端と端をもって先生と二人で縫いながら作品の形を作っていきました」

展示場には、鷲巣さんを我が子のように支え導いてきた「のろぼっけ」代表の鈴木利子さんが、手織り作家のご長男カズ・スズキさんたちと来館していた。鈴木さんは「千賀ちゃんと二人三脚のようにここまできました。受賞して本当に嬉しい」と満面の笑み。

「何枚かの布を織ってモザイクのように縫い合わせて完成させました。形にするまでいろいろ悩みました。目で見ながら作ると進行状態がわかりますが、見えなくて作るのはとても大変」と鷲巣さん。鈴木さんと2人で話し合いながら、言葉で聞いて編み上げ縫い合わせたという。鈴木さんは「心の眼で組みあげるのです」と。

県立美術館にタペストリーとして出展しようと決まったのは鷲巣さんのお母様が亡くなってからであった。「それから猛烈な勢いで織りました。それまではどんなものという具体的なイメージがないままなにか作ってみようかなって感じだったのですが。作品はそのとき一回きりのもの、だから全力で全精神をつぎ込んで完成させました。もう二度とできない作品だと思っています」

鈴木さんは「織物は色や柄を扱うので、目が見えないと難しいのではないかと一般に思われていますが、私たちの織る作品(喜績織)は、その人の持ってる感性を織り込んでいくのです。見えない方の持っている感性というのは、見える方とまた違うものを持っていますから」と、見えないがゆえの感性の鋭さ豊かさを指摘。現実生活ではその才能を引き出す方法を模索し手をとって導いてくれる指導者は多くはない。

「私達も自分で織っていて非常に色にまどわされるんですね。かえって見える事で悩むことが多いのです。糸はたくさんの種類があって細いのとか太いのとか、手触りがつるつるしてるのや、ざらざらしてるの、ぼこぼこしてるの……。色に関係なく糸の質の違いで組み合わせて織っていったら、私たちにはできない独特の世界ができるのではと思いました」

見えないことが武器になる

鷲巣さんは「のろぼっけ」に通いはじめて約15年。ひたすら織りとの楽しくも葛藤の日々を過ごした。約8年前、文星芸術大学元理事長(現同短期大学学長)上野孝子先生のパリ展示会(絵画)に同行した。上野先生のレセプション・パーティーで鷲巣さんが織ったストールをプレゼントした。「上野孝子先生をイメージした色で織りました」と鷲巣さんのことばに上野さんは感動。その場で淡く和らいだ色合いのストールをひろげて肩にかけてみせた。J.F.ミレー(代表作『落穂ひろい』『晩鐘』)の末裔であるマダム・ミレーをはじめ、パリ在住のアーティストたちが驚きの声をあげた。このパリ展示会に「のろぼっけ」の作家たちは前出の小野原さんとカズ・スズキさんも同行していた。

「逆に見えないことがかえって武器なのではないか、私達は見えるからできなくなって行き詰まることがありますが、見えない糸の色んな違いだけで織ったら誰にもできない作品ができるのではないかと、それに挑戦をしたんです。そしたらやっぱりすごい。私達には想像できないものが織れていくのです。見えないという特質が誰にもまねのできないその人しか持っていない力だということです。そこを伸ばしていったらその人の世界、その人しか織れない織物の世界ができるのではないでしょうか」と鈴木さんは語る。

受賞作品の前で鷲巣さんは最後にこう話した。「お母さんに見て欲しかった」と。すかさず鈴木さんが「天国で見ているから、大丈夫!」。母のような鈴木さんの存在とともに鷲巣さんの計り知れない織物の世界の挑戦がこれからも続いていく。

(10月12日取材)

手織り工房「のろぼっけ」

古いお屋敷の離れの展示会

小野原さんの作品の数々

小野原さん。受賞したドレスの前で

作品を織る小野原さん

鷲巣さん

鷲巣さん。作品の前で

鷲巣さんの受賞作品

代表の鈴木さんと

のろぼっけの作家たちと鷲巣さんの作品の前で

のろぼっけの仲間たちと

のろぼっけの工房内

のろぼっけの仲間たち

手織り工房「のろぼっけ」

栃木県下都賀郡壬生町緑町1-14-14

TEL/FAX0282-86-7289

http://www.norobokke.com/