アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「栃木のステキ」No.9

-語り部- 仲 信代(なか のぶよ)

作家・立松和平との出会い

静まったホールに凛とした声が響く。『黄ぶな物語』(アートセンターサカモト出版)の絵本の世界が語られていった。ホテルのステージを見つめる約300名の聴衆はその世界に引き込まれて聴き入っていた。前列には絵本の作者である作家・立松和平(2010年2月逝去)が聴いていた。2003年12月、当持発刊されていた「月刊新聞ビオス」3周年記念のステージであった。この時、作者の前で語るという緊張感あふれる仲に、気楽で優しいことばをかけた立松和平との思い出が仲の胸に残されていた。「間違っても大丈夫だよ、仲さん。書いた僕が(正確な文章を)覚えていないんだから」

その数年後、立松和平が著作全巻発刊の記念会イベントに「仲信代の語りを……」と希望してくれたが、打ち合わせの1週間後に倒れて、1ヶ月後には帰らぬ人となってしまった。「本当に残念で悲しくてたまりませんでした。私の語りは立松さんの文学作品から確立させたようなものです」と、仲はあの時のことばのやりとりを大切にしながら、立松和平の世界を語り継いでいる。

作家・立松和平との出会い

仲は江戸っ子であるが、5歳のときに烏山町(現那須烏山市)に疎開してきた烏山育ちであり、江戸弁と栃木弁を上手に使い分ける。

高校時代は演劇部に所属していた。同期の男子校には、「語り」の道を広げることに尽力してくれた栃木県文化功労者の故福田弘平「烏山和紙会館」館長(ビオス電子版『伝統と文化』執筆者/2013年1月逝去)や、ミュージカル劇団「新生ふるきゃら」の石塚克彦代表がいる。

高校卒業後、当持は女性の職業としては花形だった「観光ガイド」の仕事に従事、後に観光会社社長を歴任、その後、司会業のリーダーとして結婚式の司会者たちを束ねていた。10代の演劇から50代までの職業「話すこと」で培われ60代から自然に「語り」の道に入ったという。「本当は落語家になりたかった」と笑う。

仲は音楽家たちとのコラボレーションでコンサートやホテルやお寺などの会場のほか、学校や福祉施設などでも幅広く活躍しているが、遠くはフランス、パリで語ったことがある。

2006年、『落穂ひろい』『晩鐘』を描いた19世紀印象派J.F.ミレーの末裔であるアーティストをはじめ、フランスのアーティストたちが集まった文星芸術大学(栃木県宇都宮市)上野孝子理事長のパリ展示会記念レセプションのステージであった。フランス人音楽家たちの音をバックに語ったのは、やはり「栃木県出身で日本の代表的文学者の一人」立松和平の作品『黄ぶな物語』であった。フランス語で翻訳した内容を読みながら「語り」を聴いていたフランス人アーティストたちは、ことばの壁を越えて「ブラボー!」と拍手喝采。ミレーの末裔であるアーティストは「大変興味深いテーマでした。まるで一人芝居を観ているようで、素晴らしかった」と絶賛。ナカ・ノブヨの名がフランス人アーティストたちに知られた瞬間であった。

作家・立松和平との出会い

アートセンターサカモトで出版されるはずだった立松和平作、山中桃子(立松・長女)絵の『那須のくに物語』(仮題)が、立松和平の逝去で中止になった。しかし、父の遺志を継いだ山中桃子が那須地域を丹念に取材して書き上げた『アユルものがたり-那須のくにのおはなし-』が、2012年2月8日の立松和平の命日に出版された。仲は『アユルものがたり』の出版記念会で、立松夫人と山中桃子と夫で俳優の山中聡たち家族を前にして万感の想いで語った。映像と音楽の世界に「語り」を入れたアートセンターサカモトの新たなプロデュースに、仲の語りが立体感あふれる世界となって動き出した。作家立松和平に捧げる想いを込めたステージであった。『黄ぶな物語』発刊から約12年の年月が過ぎていた。この絵本の企画者が仲とアートセンターサカモトを結びつけた福田弘平館長であった。

6月15日(土)の栃木県民の日に、宇都宮市の「すまいるプラザ宇都宮」で第36回目の「街おこしコンサート」(主催:街おこし運営委員会/アートセンターサカモト)が開催される。仲信代の語りと原直子のピアノ伴奏でミュージカル歌手・稲沢こずえの歌、そして、山中桃子と棚橋誠一郎(那須烏山市出身)のトークである。

実は山中桃子とトークをするはずだった福田弘平館長は、1月19日、アートセンターサカモトのスタッフたちと打ち合わせを終えて、午後2時頃に別れた。そして、その夜に亡くなられた。このときがスタッフとの最後の別れとなってしまった。

小学校時代からの同級生であった仲は、未だに信じられないという。烏山に行くと「やあ、のんこちゃん」と、いつもの笑顔で出迎えてくれるような気がしてならないと……。

15日は「会場のどこかで、福田さんも立松さんも聴いていてくれているような、そんな気がする」と、身のひきしまる思いでステージに立つ。「立松和平」と「山中桃子」、そして、やはり栃木県ゆかりの童謡作家「野口雨情」を語る。仲信代の新たな挑戦の始まりである。

語り部・仲 信代

仲(右端)と立松和平(右から2番目)。山中桃子の個展オープニングで(2010年)

烏山時代の同級生と。前列右から2番目が福田氏、中央が石塚氏(2010年)

「街おこしコンサート」で語る2010年

パリで。ミレー直系のアーティストと(2006年6月)

宇都宮市のお寺「大運寺」で、石田さえの琵琶をバックに語る

日光「小杉放庵美術館」で語る

「アユルものがたり」出版記念会で(2012年2月)