思いもよらぬ職人 表具師となって
人生は、どこでどうなるかわからない。手先が器用でもない私が、表具師になりました。
公務員の家庭でのんびりと育った私は、高校生になっても就職先が決まらずにいました。夏休み、アルバイトをした先が表具店でした。当時の世の中は、バブル崩壊前で好景気に沸いており、職人も立派に生計ができていました。
表具店の親方は、卓越した技術の持ち主で、作品を観る人に感動を与えました。そして、私には後継者不足を訴えたのです。無垢であった私は「それなら、俺がやってやる」という気持ちになり、「表具」の世界に飛び込んだのです。
その後、全国表具内装連合会会長、向井一太郎氏の内弟子として6年間修行。内弟子が7人いましたが、私以外全て表具店の息子であり、跡継ぎでした。このような世界で負けず嫌いな私は、早く仕事を覚えようと人の何倍も努力しました。これが会長に認められ、高価な表具作りを命じられるようになりました。
私の信条は、「誠心誠意」「向上心」であり、私の宝です。
表具師の仕事は、書家、画家の裏方です。
作品を「花嫁」に例えれば、華やかな着物を着せ、ある時は、寂の中にも美しく優雅に仕上げます。出来上がった作品を見たとき、表具師になって本当に良かったと感じます。後継者不足の問題もありますが、日本の伝統文化は、消えるものではありません。
今、表具界が大きな評価を得なくても、地道に頑張り続けたいと思っています。
(文:栗田 英典/下野手仕事会40周年記念誌『下野手仕事会四十年之軌跡』P44-45より)