『ナラティブ/もしもの街で』1,870円(税込)
書籍全体を包みこむような表紙に驚かされる。
「現代詩の芥川賞」と呼ばれるH氏賞の2022年選考委員を務めた石下典子さんの新しい詩集『ナラティブ/もしもの街で』。独特の装丁は著者自身のアイデアで、さらに表紙の絵は、作家・故立松和平さんの長女で画家、やまなかももこさんが描いた本書の挿画3点のうちの1点。うねうねとした美しい光沢が不思議な感覚を醸し出している。
肝心の詩集の中身だが、タイトルにある「ナラティブ」とは、「語り」とか「語られた言葉」という意味で、「ナレーション」、「ナレーター」という言葉とつながっているといえばイメージしやすいだろうか。
著者によるあとがきには、「眼前に現れた人物、出来事、情報などすべては、自身の選択によって招き寄せたもの。本書はそのような発想により作品を取り合わせました。(中略)ナラティブとは、語り手がつむぐ物語であって作者ではありませんが、本書は著者自身を語り手ととらえ、右の場面を叙事的な構成にしたものです」(抜粋)と説明されている。
母親が見せる老いの形とか、また親族を含めた他者が語る記憶とか情報を著者が再構成して言葉を編み、ドラマが浮かび上がる――。そうした作品を含む29編の詩が収められている。
その中の一編、「どじょう少年」では、通学途上にドジョウを売る少年が登場する。「おかげで卒業できました」と学帽を取り、剃りたての頭を見せたきりなのだが、語られていない少年の行く末が気になる。これは「伯母」の記憶であって、著者(石下さん)も見ていないはずなのだが、読者でもちょっと想像すれば、少年の笑顔やしぐさ、頭の形など少年の姿が見える。作中人物への共感とか、感情移入なのだが、そうした姿が映像として想像できるほど限られた言葉に力がある。次ページからの一編「たんぽぽの地図」とは全くつながっていないと思うが、どじょう少年にも何か似たような境遇の影を感じてしまう。
戦時中の記憶から紡ぎ出された物語が数編ある。
例えば、「舟の痕跡」では、「どじょう少年」にも出てくる「伯母」が16、17歳のとき、一時帰宅した兄の軍服のズボンにアイロンをかけ、舟形の焦げ跡をつけてしまう。わずか3ページに凝縮された言葉に、朝ドラを見たぐらいには家族の関係が想像できる。だから、アイロンの焦げ跡を70年以上、心の重荷にしていた「伯母」に対しても、読んでいる側は著者と同じく「自分を責めないで」と思ってしまう。その兄はアイロン跡をポジティブに、かわいらしく誇らしく思ったはずだと納得したくなるのだ。それは早合点であり、やはり他者の視点でしかないのかもしれない。
この視点から戦争に迫った詩は今までにない。
書籍情報
・書籍名:ナラティブ/もしもの街で
・著者:石下典子
・発行所:栃木文化社
・〒320-0012 栃木県宇都宮市山本1-7-17
・TEL:028-621-7006 FAX:028-621-7083
・ISBN 978-4-901165-28-0
・価格:1,870円(税込。本体1,700円)