アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「とっておきの一冊」No.24

『80青春』 野添すみ 著

『80青春』1,100円(税込み)


"2020年6月24日。

テニスコートを「初踏み」です。"

主人公・野添すみさんが77歳でテニスを始め、ここから物語が始まります。80歳までの日常を描いた日記風の私小説。タイトルは「ハチマルせいしゅん」と読みます。

一般に老後と言われる年代ですが、すみさんはとてもアクティブな女性。元気はつらつで、常に前向き。そして自分を飾らず、いつも本音で人と接しています。

テニスやバウンドテニス、太極拳と積極的に身体を動かし、夏は大汗をかき、スポーツの後は福祉センターや民間の温泉施設に直行。センターでは風呂友たちとの気兼ねない交流でリラックスした時間を過ごしています。

年齢なりの身体の衰えはあって、老いと向き合う場面もありますが、自由闊達に、やりたいことは諦めず、清々しく青春を生きる姿は、すみさんを知らない人にも希望とか勇気を与えるのではないでしょうか。

そして、すみさんは社会の動きにも目を向け、時に鋭い批評も投げかけたり、つぶやいたり……。独特の視点、着眼点は鋭く社会の出来事やニュースに切り込んでいます。ごまかしの政治や社会の不公正、権力者の横暴を憎み、戦争の愚かさを憎みます。

冬の場面では沖縄で家族と年越しを迎えますが、元日には能登半島地震のニュースが飛び込んできます。以前から志賀原発(石川県志賀町)の問題を訴えていた友人は……。基地問題、原発問題にも、すみさんは鋭い視線を投げかけています。


登場人物のほとんどは仮名、フィクションですが、実在の人物も登場し、実録も交えています。特に、すみさんの記憶にたびたび登場するのが最愛の夫・嘉久さん。

水俣病を世界に訴えた写真家・ユージン・スミスを描いた映画『MINAMATA』から、家族で熊本・水俣に移住した時の記憶が蘇ります。また、世界的ミュージシャン、坂本龍一さんの訃報に触れ、水俣移住前に嘉久さんが会社員として勤めながら経営していた宇都宮のライブハウス「仮面館」の思い出が蘇ります。坂本龍一さんは若き日の1974年12月28日、仮面館のステージに立ち、盛況だったといいます。すみさんの前著『短い祭りの終焉―ライブハウス仮面館―』が紹介された新聞記事とともに当時の状況が思い起こされます。

副鼻腔癌で放射線治療を受けた嘉久さんが亡くなったのは26年前。結婚前の学生時代、宇都宮での「仮面館」経営、水俣移住、町長選出馬などなど、いろいろな場面で嘉久さんとの記憶が脳裏をよぎります。時に、一人帰宅すると、声が聞こえてくることも。

「オウ! オカエリ!」

「オマエ! ガンバッテイルナァ!」

すみさんの少女のような純粋さが鏡写しになって、嘉久さんの愛情が物語の中に顔を出すのです。

「スミと何かをやっているときが俺は一番楽しいんだよ」

思い出される嘉久さんの言葉が優しく響きます。


書籍情報

・書籍名:80青春

・著 者::野添 すみ

・発 行:(有)アートセンターサカモト

・〒320-0012 栃木県宇都宮市山本1-7-17

・TEL : 028-621-7006 FAX : 028-621-7083

・ISBN 978-4-901165-36-5

・価格:1,100円(税込み)