歌の力に魅せられて
「こどもの頃はエレクトーンを習っていましたが、歌うことが好きでしたね。高校で交換留学生に応募してフランスに1年間留学したのが、僕の人生の転機となりました」
シャンソン歌手「倉井克幸」。ギターの弾き語りでシャンソンを歌う。堪能なフランス語で歌う若きシャンソン歌手はパリ祭をはじめとする各ステージで注目を浴びている。
留学生としてフランス人家族と学校生活でフランス語とフランス文化に浸った青春のとき。この留学経験が彼の人生をシャンソン歌手に導くきっかけとなった。
「フランス留学中に聞いていたCDなどを持ち帰ってきて聴いてるうちに、当たり前のようにフランス語でシャンソンを歌うようになっていました」
「大学入ってから漠然とシンガーソングライターになりたいと思いました。大学二年の時、『第3回 J'aime Chanter』でグランプリをいただき自信につながりました。三年になって半年間、アジアを放浪しました。その時にギターの弾き語りでいろんなところで歌いましたが、ことばが通じなくても人に何かを伝えられる歌の力に魅せられました」
2007年に第23回日本アマチュアシャンソンコンクールでグランプリを受賞。日本シャンソン協会初代会長を務めた故石井好子氏(1922-2010)の推薦を受けてシャンソン歌手の道が開かれていった。
「石井先生に認められたのは本当に嬉しかった。シャンソン歌手としてやっていこうと決心できました」
筑波大学で国際総合学を専攻し、広く深く国際分野を学んだ。また、歌の活動が評価され「学長賞」を受賞した。
大学卒業後、再度ボルドーに語学留学。やがて歌の道と同時に身体を鍛えるためにはじまったマラソンにものめり込んでいく。
シャンソン歌手 倉井克幸
パリ祭にて(photo-Kumi Watanabe)
パリ祭にて(photo-Kumi Watanabe)
歌うアスリート
「歌はずっと独学で手さぐりでやっていました。ようやく自分が納得するようなものになりつつあります。もちろん完成はないと思うけれど。何年か前に比べるとちょっと自由度が増してきたかなと思います。それが広がればもっと表現の幅も広がると思います。この数年間、そういったことを模索していました。できることとこれからやりたいことのギャップがあまりにもあったので、それを埋めないことには先に進めないと思いました」
甘いムードからは想像もつかない強靭な肉体と精神で国内外のマラソンに挑むアスリートでもある。「汗をかかないとストレスが溜まってしまう」
昨年はボルドーのメドックマラソン(基本的に仮装してワインを飲みながら走る)にエルヴィス・プレスリーの仮装で出場し翌日のフランスの新聞に大きく掲載された。
「日本ではなかなかあり得ないマラソンです。毎年仮装のテーマが決まっていて、昨年のエルヴィスは「歴史上の人物」というのがテーマだったからです。今年はSF(サイエンス・フィクション)でした。8500人中67位で3時間10分でしたよ。日本人が300人以上出場しましたが日本人の中では1位でしたよ。なんと、あの高橋尚子さんにも勝ったんです!」
マラソンの話に目を輝かす。『歌うアスリート』の姿があった。
メドックマラソン「エルビス・プレスリー」に扮して出場し活躍が新聞に報じられる
メドックマラソン「カトルス星人」に扮してワインを片手に。活躍が報じられた
なぜ歌うのか、なぜ走るのか!
「ようやく自己流の歌のトレーニングが実を結んできました。喉のストレッチというか見えない筋肉を自分でもどう動かしてるかわからないから、感覚にたよるしかないんです。それを走りながらでもできるって気づいたときに、走ることがさらに楽しくなってきました」
走りながらのボイストレーニングである。走っているときは苦しくないように楽な呼吸法を身体が求める。そのときが一番リラックスするという。
「効率がいい。座って楽な状態でやると無理なこと無駄なことに力が入りすぎたりします。それを毎日同じコンディションで走りながらやることで、安定感が自分の中で実感できるようになってきました。それが走る理由でもあります」
夢にあふれるアーティストでありアスリートである。夢はフランスと日本の狭間にあった。
「半分フランス、半分日本で、みたいな生活ができたらいいと思いますね。欲張りなんでいろいろやってみたいです。ナビゲーターとか、もうちょっと体を張って24時間テレビで100キロ走るものとか、オファーがいつ来てもいいように体は鍛えているんですが来ないですね(笑)」まだ機が熟してないと自らの評価。
マラソン完走は体もボロボロになると話す。「ゴールした瞬間はもうやりたくないと思うけど、何日かすると走り始めている。毎日、走り始めの1キロはつらい、やめたいって思う。けど、そこを越えると気持ちいい。純粋に、歌うのも走るのも『好き』だからやっているんです」
走ることでも頑張ることで歌につながる。「一つの手ごたえを感じた」と話す。
「歌うアスリートと名乗るからにはエリートアマチュアランナーと呼ばれる3時間の壁を切っとかなきゃお話にならないなと思ってそれに向けて頑張っています。歌に行き詰ったら走るしかない。歌うことや体を動かすことで中身を高め同時に磨く、と思っています」
この数年、フランスと日本を行き来する生活である。両国での仕事が徐々に増えつつあるという。
11月28日(木)は彼の故郷、栃木県で「街おこしコンサート」に出演する。3年前に同県宇都宮市で開催された同コンサートの出演で、すでに話題になっていた。主催者および地域のファンからの希望で今回も出演することとなった。「歌うアスリート」のさらに高められ磨かれたステージが大いに期待される。楽しみな晩秋のシャンソンコンサートである。
インタビュー中の倉井さん