「退職後、長年あたためていた童話をフランス語の絵本として発刊することができました。なぜフランス語で発刊したかと言いますと、日本語は書き言葉として非常に優れていると思いますが、フランス語は、実に音楽性がある。聞いていても美しいではないですか」と詩人ひないたけし。
フランス語の童話絵本『Le Présent=La Fin et le Début』(発刊:アートセンターサカモト)は今年5月に発刊された。原文は日本語『いま=おわり+はじまり』であり、「ひないたけし」が創作した童話である。哲学的なタイトルに対してフランス人が理解しやすいようにと、翻訳の段階で『 LA VIE DE L’EAU(水の一生)』のサブタイトルがつけられた。
ひないたけし(和氣勇雄)写真撮影:澤野一朗
『Le Présent=La Fin et le Début』
フランス人が感動する翻訳で
「ひないたけし」の本名は「和氣勇雄」である(栃木県塩谷町在住)。栃木県にある国立宇都宮大学を卒業後、県立高校で国語教師として教鞭をとる。1981年、詩誌『馴鹿』の同人として創刊号から60号に至る現在まで毎号詩作を発表している。国語教師として、詩人として長い年月を経て、集大成のように書き上げたのが童話の世界である。
絵本の内容は博士であるカエルと水の妖精的存在のジュエルの出会いと別れ、純粋でかわいいジュエルと紳士のカエルのほのぼのとしたラブストーリー。「こどもの童話ですが、大人たちも一緒に読んでほしいと思っています。いつまでも、ときめく心を忘れずにいてほしい」と作者のひないたけし。
絵は秋田県在住の「まつおかようこ」が、フランス語版にふさわしいタッチと豊かな色彩で美しく描いている。海外での生活が長くグローバルな感性が筆使いに現れている。
絵本はフランス語版だけに、パリ在住40年の画家トモコ・カザマ・オベール(フランス国籍)がプロデュースし、同じくパリ在住の翻訳家(ソルボンヌ大学で翻訳の資格も取得)チハル・タナカの訳で絵本(日本語の原文付き)が完成した。
「フランス人が読んで分かることばと感性で訳しました」と、パリからメールで、ひないたけしと何度もやりとりし、日本語のことばの意味を確認しつつ翻訳をすすめた。チハル・タナカの訳は、パリ在住のフランス人から「とても美しく感動しました」と伝えてきている。日本語原文のストーリーと感性をあますことなく伝えきった翻訳であった。
ひないたけし&まつおかようこ
T・K・オベール
パリジェンヌの女優が朗読
翻訳が完成すると、パリの女優クレール・トゥールーズが朗読してCDとして同時に発刊した。その生き生きとした朗読は、カエルとジュエルを絵本の場面から飛び出して甦らせ、立体的に3次元の世界へと導く。
プロデューサーとしてフランス語版を手がけたT・K・オベールは「フランス語のCDを聞き、胸が熱くなり涙がでました。素晴らしい翻訳を美しいフランス語の発音で朗読しています」と、ことばを寄せている。
女優クレールは三代続くパリジェンヌで完璧なフランス語の発音で朗読しているという。朗読はパリのスタジオで録音した。スタッフも充実させて行ったが、日本側ではプロデューサーのT・K・オベールの通訳で、微妙な声の変化に関することをクレールに伝えた。日本の読者にも分かりやすい声の変化が必要で、日本とフランスでメールと電話のやりとりが何回か続き、録音は3回の録り直しをお願いして3ヶ月以上もかかった。フランスと日本のことばの概念や感性の機微の差は「カエル」とその声(鳴き声)の種類までに及び、国を越えて仕事をする難しさも知ることになった。
しかし、その結果、CDを聴いた日本人は「声の変化に魅せられ、フランス語が聴きやすい」と。フランス人は「とても深く意味のある物語で感動しました」と。「ひないたけし」の名がフランスに伝えられた第一歩でもある。
T・K・オベールはさらに「繊細で豊かな詩のような流れのストーリーに、フランス的なコケティッシュさと日本的なせつなさが溶け合って、両国のかけはしのような絵本」と評している。
翻訳家マダム・チハル・タナカ
演劇のコスチュームを制作している女優クレール
出版を記念して
8月16日、宇都宮美術館内のレストラン「Joie de sens」で絵本の出版記念会が行われた。「ひないたけし」こと和氣勇雄氏の長年の教職生活を終えた節目としての出版記念会でもある。妻の豊子さん、長女の怜奈さんと共に会場にあらわれた作者は、開幕に「世界にも通用する絵本になったと思います。この出版記念会を通じてこれまで応援していただいた皆さんと、さらに絆を強めていきたい」と語った。
絵を描いた「まつおかようこ」さんは、父親とともに来場し、若くしてその大役を果たした喜びを語りながら「これからもたくさんの童話の絵を描いていきたい」と、作画への意欲が伺えた。
和氣氏の元同僚たちをはじめ、教え子、元PTA会長、宇都宮大学時代のテニス部の同期、先輩たちなど、約60名の人々が県内外から駆けつけた。会は、和氣氏の人柄が垣間見られる一幕となった。それは「自然児、自由人、あるがままに生きている。……少年のような心でことばを紡ぐ」という義兄のあいさつのことばに代表される。
教え子のひとりは「和氣先生の授業は私が1年生の時から、めっちゃおもしろい、といううわさでした。実際に授業を受けるとまさに和氣ワールドの授業でした。おかげで現代国語の成績がアップしました」と、恩師である和氣氏の教師時代を披露。
和氣氏は「これからはウルグアイで養蜂業を半年やって、後の半年は文筆業でくらしたい。夢ですね」と、飄々として周囲を煙にまくような話も。
『いま=はじまり+おわり』の絵本のタイトルではないが、和氣氏の定年退職という「おわり」と、ひないたけしの絵本作家デビューの「はじまり」がプラスされて、「いま」、世界に向かって絵本とともに飛び出した「ひないたけし」こと和氣勇雄。フランス語翻訳の絵本を発刊した数少ない日本の童話作家として、夢に向かって飛んだ。
和氣氏、妻と長女(右)と
花束贈呈のセレモニー
絵本にあわせて作曲したピアニスト原直子がDVDに合わせて(リハーサル)
出版記念会受付の様子
美術館内レストランの会場
開会前、作者の登場を待つ参加者
挨拶する和氣氏
出版記念で絵本のイメージを歌ったミュージカル歌手稲澤こずえ
義兄(左)と
元PTA会長(右)のあいさつを受ける
教え子(左)と和氣氏
元同僚と