ウィーンで直接肌で音楽を感じて
繊細な指先がピアノに触れると、透明感のある澄んだ音が響いた。若い日本人のピアニストがこんなにもしなやかな音を響かせるとは!
5歳からピアノを習い始めていた。ピアノの道に進もうと決めたのは中学3年生の高校入試の頃だったと振り返る。
「アップライトの母のピアノがあったのでいつも遊びながら弾いたりしていましたね。子どもの頃から音楽を聴くのがとても好きで音楽にあわせて踊ったりもしましたが、何よりもピアノで遊ぶのが好きでした。高校は音楽科のある高校ではなかったのですが、ピアノは習い続けていました」
2007~10年には、ウィーン国立音楽大学、ウィーン・コンセルヴァトリウム私立音楽大学、フライブルク音楽大学にて春期・夏期と年に2度マスタークラスを受講する。07年と09年にはドイツ・ベルリンにて独日協会主催[若手日本人ピアニストコンサート]に招待され大成功を収めている。
世界中の音楽家が集うウィーンでのピアノ講習会に参加したことがきっかけで、高校を卒業する頃には、「ウィーンの人たちにピアノを聴いてもらいたい」「ウィーンでピアノを弾きたい」という希望が膨らんできた。
「出会った恩師カール・バルト教授にウィーンの音楽大学に誘っていただき、高校卒業後の進路は『留学』を考えるようになりました。もちろん不安はありましたが、迷いはありませんでした。ウィーンで音楽を学びたいという気持ちのほうが大きかったのです。ウィーンでは直接肌で音楽を感じて、日本では感じられなかったものがいっぱいあったので、決心しました」
ピアニスト篠崎のぞみ
インタビューでウィーンの思い出を語る
自分の音楽に集中できる環境
希望を胸にウィーン・コンセルヴァトリウム私立音楽大学ピアノ科に入学。まだ18歳の人生の一人旅が始まった。国も言葉も文化も異なる場所で生活も含めてすべてが日本と違っていた。各国から同じように夢を携えて鍛えられた若者たちが入学してきた。
「ピアノのレッスンについていくのがすごく大変でした。冬は日が短かったので暗い日が多くて、シャワーだけだったので、暗いし寒いし。ピアノが弾けるアパートで一人暮らしだったので余計に寒くて、慣れるまで大変でした」
若い音楽家の卵たちは、やがて世界で活躍することを夢みながら切磋琢磨し成長していく。初めての海外での一人暮らしと厳しいレッスンの日々に、時にはホームシックに。
「2年目くらいからピアノの葛藤もありまして、帰りたいなと日本が恋しくなる時もありました。しかし、良い友だちに恵まれたのと、何よりも素晴らしい恩師カール・バルト教授に出会えて師事することができました。人柄もとても温かくて素晴らしい先生です。何よりも先生の音楽が魅力的で、レッスンも毎回刺激の多いものでした」
高校卒業後すぐに留学した10代からのウィーンでの大学生活はさまざまな意味でもメリットがあったと話す。
「若いから馴染めたし、何でもたくさん吸収できたのではないかと思います。やはりあの時期に決心して留学してよかったなと思います。あまりよく分かってないうちにパッと違う環境に入って、すべてが新鮮でした」
ウィーンでの4年間は日本で家族と共に生活することと異なり、一人でいる時間がより多いこともあり、自分なりの音楽を作る絶好のチャンスとなったという。
「異国での新しい環境でいろいろと刺激を受けながら、自分一人で考えていくことが多く、周りに影響されることなく自分の音楽に集中できる環境にありました。孤独感から生まれるものがあるのでしょう。得るものが多かったように思います」
そのウィーンでは希望していたようにウィーンの人たちにピアノを聴いてもらった。コンサートは博物館やコンサートホール、学校のホールなども含めて、さまざまな形で行われていた。
「日本と比べて直接ピアノを聴いてもらう機会は多かったですね。ちょっとしたサロンであったりとか、お客さまも温かく見守って下さって、アットホームな空間の中で演奏する機会がたくさんありました」
カール・バルト(Karl Barth)氏
恩師カール・バルト氏を囲んで、クラスメートたちと。真ん中が篠崎さん(ウィーンにて)
大学の卒業証書授与式(ウィーン/2015.12.4)
卒業試験の演奏会(ウィーンにて/2015.1.15)
卒業式記念写真(前列左から4人目)
「ウィーン帰国記念チャリティーピアノコンサート」を開催
2015年の春、ドイツ語での卒論を仕上げて4年間の大学を晴れて卒業となった。16年2月10日に故郷の栃木県宇都宮市でウィーン帰国記念チャリティーピアノコンサートを行う。ゲストにウィーン時代の恩師であるカール・バルト氏を招いてオーストリア人による生のウィーンの演奏を故郷の宇都宮市の栃木県総合文化センターで開催する。
「ウィーンの香りを感じてもらえたら、さらに楽しめることと思います。ちょっと変った楽しいコンサートを皆さまにお届けできたらと思います。ウィーンで学んだ曲と新しい曲もあるのですが、一曲、一曲、私には想い入れのある曲ばかりなので、4年間の留学生活で学んだものと、今後もピアノを通してやっていきたいなという想いと、みなさんにかなり応援していただいたので、感謝の気持ちも込めたチャリティーコンサートにさせていただきました」
コンサートは「水」がテーマ。ドビュッシーとラヴェルの音楽に印象派の時代の絵画をプロジェクターで投影する試みなど、新たなコンサートの方法を提案している。曲を厳選し、テーマに沿った全体構成を練った結果、音楽と絵画を併せた表現をするというコンセプトができた。
「ラヴェルの『水の戯れ』は水そのものを表していて、ドビュッシーの『水の反映』は水に映る影だったり、同じ水でも違った表現をしています。その二曲はどんな違いがあるのだろうと、議論されるのですが、私の解釈と絵画で比較してみたらおもしろいのではないかと考えました。それが卒業論文のテーマでもあったので、今回はそれをコンサートとして表現したいと思います。同じ時代にあってどういう風に影響を受けていたか、聴くだけではなくて、同時に目でも見ることによって、お客様が楽しめたらいいかなと思っています」
そして、若きピアニスト篠崎のぞみは、これからのさらなる飛躍のための想いを語ってくれた。
「4年間の留学で学んだもの培ったものを踏まえて、自分の音楽を多くの人に広げていけたら、伝えていけたらと思っています。たとえば音楽教師としても生徒さんに教えて伝えていきたいことがあります。学んでいたときもこういう風に教えてくれたらとか、自分でこういうことをやっていれば良かったと思うこともたくさん発見しました。そして、演奏を通して多くの人に感動してもらえるような自分の音楽を伝えていきたいと思います。それにはやはり色々な経験をして、精神的にも成長しつつ、素敵な絵画などを見ることも含めてあらゆる分野のものを吸収して、音楽表現に活かしていけたらいいなと思っています」
自宅のピアノ室で