アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「BIOS電子版」No.32

アコーディオニスト-伊藤 浩子-巴里のエスプリと和モダンの世界~伊藤浩子25周年記念コンサート~

フランスや日本全国で名を馳せているフランス在住の日本人アコーディオニスト伊藤浩子と、彼女の生まれ故郷栃木県宇都宮市のJR駅で待ち合わせした。故郷に降り立った彼女は、ダイナミックな演奏で聴衆を魅了するアーティストの顔と異なり、シンプルなファッションで穏やかな素顔を見せながら、宇都宮市街地が一望できるレストラン「丘の上の喜楽」で取材に応じた。

「今年はデビュー25周年記念として、『浅草公会堂』でコンサートを行います。25年間、私が培ってきたことのスタートでもありますが」と、25年間の集大成を、音楽家たちと観客が一体となって楽しめるコンサート空間として、共演者たちと作り上げる。

故郷宇都宮市の街をバックに取材(「丘の上の喜楽」にて)

和洋折衷の音楽

「長くやればやるほど分からなくなります。今回の共演者の一人であるピアニストで作曲家の丸山和範さんと、20年ぶりに出会って意気投合しました。私が漠然としか言えなかったことを『あなたの言いたい事、やりたい事はこういうことだろう?』と、言葉を整理してくれました。20年ぶりに再会して同じ感性の音楽家に出会ったことは嬉しい。『あなたが初めの頃やっていたことが今は旬』と言われ愕然としました」

フランスの音楽と日本人の思うフランスの音楽は違うという。日本での演奏会のときは日本人の好むフランスの古き良き時代と言われるようなフランスのシャンソンや、またはミュゼットなどを演奏する。しかし、日本人でなければできないことをフランスではやらなければならない。今、彼女がフランスでやってきた「和洋折衷」の音楽が、日本の若い世代を中心に支持されている。

「昭和の人間がやぼったいと思ったことが、今やモダンとなっているということです。オリジナルの曲でその世界をお贈りしたいと思います」。やりたい事を培ってきて「これで良かったのだ」と、今回のステージで自らの音楽を満開させる。邦楽の和久文子ら和楽器の第一人者たちを揃え、異質に思える音を組み合わせた祭典である。会場となる「浅草公会堂」はその祭典にふさわしい場所であると話す。

「なんと『花道』があり、和の中に洋の『ピアノ』を備えた唯一のホールです。フランスでの日々の生活の中で、日本人アコーディオニストとして学び、感じたすべてを表現するには、私にとってピッタリの空間です。1000人収容出来る大きさには、正直不安ですが、決めた事は何事もチャレンジ精神で進むしかありません。ピアノ、邦楽器、歌そしてマジックのパフォーマンスもあります。みんなが気軽に楽しめるバラエティーに富んだコンサートを企画しました」

01年ホテルでのコンサート

05年栃木県市貝の大畑耕雲作の武者絵をバックに、宇都宮市のホテルで

音楽がなかったら虚しい

伊藤浩子はアコーディオンを習得するためにフランスに留学してからすでに30年となる。実はフランスが好きだから留学したのではないという。

「ロシアに行くかフランスに行くか、最初は迷ったので、古きよきパリにあこがれて行ったわけではありません。アルファベットが全部読めるのはロシアよりフランスかな?というぐらいでした。ですから、最初の頃は『こんな国に来なければよかった』と思いましたよ。アメリカ人と違って、斜にかまえて見るフランス人のモノの見方、上から下から、右から左から見て『まあまあじゃない』という、これは、ほめことばですが、フランス人のねじれたようなモノの見方は私に合っていたかもしれません」

留学したばかりのどんよりとした「パリの空の下」で彼女が黙々と制作していたのがプロ級の腕前のフランス刺繍である。現在、日本では板室温泉大黒屋(栃木県那須塩原市)に作品があり彼女の演奏会が開かれるときに展示されるという。

「音楽は形のないものだから、フラストレーションがたまりますが、刺繍は何時間かやると形になりますので息抜きになるのです。人と話さず、無になって続けていますと、音楽に限らずアイディアが浮かびます。さまざまな問題点が浮かんだり、また、あの人はどうしているのだろうか?など、いろいろ頭に浮かびますし、その中でいい曲も浮かびます。発想の転換になるのです。しかし、音楽は形にならないけれど、やっていくうちに、ある日『アレッ』と思うぐらいに向上します。音楽は、直接的にお金になるとかならないとかではない分野ですが、音楽がなかったら虚しいと思いますね」

アコーディオニスト伊藤浩子(Photo: Ian PATORICK)

継続は力なり

1984年、伊藤浩子は国立音楽大学ピアノ科卒業後フランスに留学。パリのエコール・ノルマル・ドゥ・ミュージックのアコーディオン科に在学した。在学中にフランスアコーディオン界の巨匠ジョエ・ロッシ氏に認められて師事し、日本では数少ないボタン式アコーディオン奏者としてフランスで歩み始めた。

しかし、デビューして3年後に師匠が急逝。訃報を聞いたのは日本行きの飛行機の中であったという。この時の思いは「ロッシ先生へ」と題して、彼女の作曲した作品のひとつとして残している。恩師の後ろ盾のないフランスで、彼女は日本人アコーディオン奏者として独り立ちして、フランスと日本を往復しながら研鑽を積む。

90年には全日本アコーディオン・コンテストで優勝する。森繁久弥のミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」に出演し、読売交響楽団との共演も果たす。その後日本全国で招かれて各地でコンサート・ツアーを行ってきた。

その勢いはフランスと日本の演奏活動に止まらず、香港での中央文化劇場舞台音楽を担当し、カナダのモンマニーアコーディオンフェスティバルなどに出演している。ブータンでは日本であまり知られていない山岳地帯での演奏を2度ほど行った。初めて見るブータンの人々の生活や文化は、とても印象深かったと話す。

「例えば、ブータンは日本のようなお墓がないんです。小さな石ころのようなものだけ、山沿いに色鮮やかな旗がなびいているところに石が置いてあるだけなんです。何かとても考えさせられる光景でした」。彼女は「クズ・ザンポウ(こんにちは)」というブータンの民謡を編曲して日本でも演奏している。

2013年にはフランス・チュール市で開催された国際アコーディオンフェスティバルに日本人女性では初めてメインステージを4日間務め大絶賛を受けた。その様子はHNK-BS「エルムンド」にて特集され、伊藤浩子のファンをはじめ日本の音楽ファンを色めき立たせた。

一昨年はサントリーのローズホールでコンサートを開催し、今年3月4日(金)には「浅草公会堂」で、集大成となるデビュー25周年コンサートを開催するに至る。

「時の流れは早いものです。ボタンアコーディオンを習得するためにフランスに留学してから約30年過ぎましたが、まだまだこれからです。さらに自分の音楽観を高めていきたいと思います。『継続は力なり』ですから」

13年チュールの国際フェスティバルの新聞記事

伊藤浩子 デビュー25周年コンサート

『フランス・クレヨン』発売日:1991年 価格:¥3,000(税込み)

『ブルー・ピエロ』発売日:1996年 価格:¥3,000(税込み)

『心の叫び』発売日:2002年 価格:¥3,000(税込み)

『はっぴぃ・レクイエム』発売日:2007年 価格:¥3,000(税込み)

『桜の下でランデヴー』発売日:2014年 価格:¥4,000(税込み)

(2016年1月31日取材)