日本語はたいせつな必需品
年が明けて2011年となった。パリに住んで約36年、この間パリに関する著書をどれほど読んだことであろうか。日本に関するさまざまな著書、文章に関しても同様である。日本のお土産としていただく和菓子や民芸品などの、包装紙や紙片に書いてある製造の由来や店舗の宣伝などもおいしい和菓子を食べながら読む(日本文化の一端に触れる楽しみ)。フランス人の夫と息子と3人のフランス語の日常生活と社会生活ゆえに、私にとって日本語の文章はたいせつな必需品のひとつでもある。家族と離れたアトリエでの創作後、ほっとしたひとときにワインを片手に本の世界に没頭する。
フランスの建築家はアーティスト
しかし、それにしてもパリに関して日本人が書くことは格別で大変な作業であると思う。ここに一冊の著書がある。「美観都市パリー18の景観を読み解くー」*である。フランスをはじめヨーロッパ諸国では、建築は絵画や彫刻同様に芸術の分野である。ヨーロッパは芸術家によって石による華麗な宮殿や教会、劇場などが造られてきた。石の建築は芸術家によって今も脈々と受け継がれている。日本の大学は工学部が建築学を担っている国であるという。それらを踏まえて工業大学の建築学科教授である著者和田幸行氏は「美観都市パリ」を書き進めていく。フランスの歴史、文化、芸術が見え隠れし、興味深く都市の景観が綴られていた。私の頭は色や面や線、そしてそれらの景観の匂いがあふれてくる。
美観都市パリ―18の景観を読み解く―
都市とは体験するもの
この著書の特筆すべき点は、何よりも文献の継ぎ合わせではなくて、著書の「あとがき」に記されているごとく「もちろん必要と思われる文献に目を通した。しかし、何よりも役立ったのは、自分自身の足、自分自身の目である」に尽きる。「本を読むだけでは、都市は理解できない。都市とは体験するもの」という著者の「持論」には多いに賛同する。大学の教師と寺の住職という多忙さにもかかわらず、20年以上にわたり現地での取材やインタビューを積み重ね、ご自分で撮り続けたおそらく膨大な量の写真がそれを裏付けている。しかも実に楽しく時を自在に越えてパリの建造物や街並みが豊かに書き綴られている。そして、読む側にパリの街をこよなく愛する著者の心情がいきいきと伝わってくるのである。「パリは過去から受け継いだ遺産で生きているような都市ではなく、未来の文化遺産となる建物や都市空間を、現在進行形で創り出している都市であると言えよう。これが、多くの人々を惹きつけるパリの魅力である」(著書「はじめに」より)。読み終えた今、日本に行った際には著者をお訪ねして、許されるなら「パリの景観」をつまみにワインでも飲み交わしたいと思わずにはいられない。
「美観都市パリー18の景観を読み解くー」足利工業大学建築学科教授 和田幸行 著鹿島出版会/\2,500+税
マレ地区にて
TOMOKO K. OBER(パリ在住/画家・ミレー友好協会パリ本部事務局長)