広大な敷地ラ・ヴィレット公園にそびえる作品
パリ19区にラ・ヴィレットという市内最大の35ヘクタールの敷地を持つ公園がある。科学や音楽の専門施設や多くのモニュメントが設置されている。中でも目を引くのがラ・ジェオードで、半球状のスクリーンに映写するオムニマックスと言われているドームシアターがある。中に入るとほぼ寝る状態のいすがあり、天を仰いで見上げると、宇宙空間や大自然の驚異が映し出されて、その迫力に感動する。ラ・ジェオードの前方にはウルク運河が流れており、運河を挟んだ向こう岸に、川俣正さんの野外設置のインスタレーションがそびえている。
私は10年以上前からこのウルク運河沿いを毎朝1時間ウォーキングをしている。4月から大きな木材が設置されつつあるのを目にしながら歩いていたのだが、この作品が川俣さんの作品と知る由もなかった。5、6、7、8月と、日が経つにつれて形が変わり、どんどん木材が加わり、脹らみ出したのを毎日見ることができた。
やがて、パリの新聞で「川俣氏が今度はラ・ヴィレットでインスタレーション」という記事を目にして初めて彼の作品であったことが分かった。以前私は現代アート美術館のポンピドーセンターの壁面に、彼の作品が設置されてあるのを見たことがある。鉄骨の建物であるポンピドーセンターに木製の作品が取り付けられたのを見て、新鮮さを感じたことを覚えている。
公園にそびえる作品
運河をはさんで見えるラ・ジェオード
外国人のアーティストに寛容なフランス
8月上旬、今年のパリは久しぶりに暑い夏になり、パリジャン、パリジェンヌはヴァカンスで避暑地に移動したり、パリの公園でのんびりしたりして過ごしている。暑い最中、川俣さんはスタッフや創作参加の学生たちと共に木材を解体していた。真っ黒に日焼けした彼は、体格の良い現場監督のような感じだったが、とにかく自分で率先して作業をしていた。そして体格とは異なる優しい眼差しで質問に応じてくれた。
「高さ21mあります。学生たちの参加は現在まで700~800人にのぼり、最終的には1000人くらいになるでしょうね。4ヶ月の間、組み立てて行き、そして解体していきます。けっこう解体も学生たちは楽しんで参加してくれます。壊すという(造るとは)別な感覚を味わったようです」
なぜ木を材料とするのかと質問すると「みんなが参加できるし、共同で何か造れるから。メタルや石でしたら参加者は限られてしまうでしょう? 木は未完成の部分もあり、木に対するイメージはどの国の人にもあるので、とっつきやすい思います」とすんなりと答えてくれた。また、いつも頭を痛めることは予算との兼ね合いと同時に、各国の法律、決まり事の違いであるという。
「そのための打ち合わせや最終的な許可を得るために最低1~2年はかかります。世界中でやっていますが、フランスが一番やりやすいですね。それはどこの国に行くのにも便利、地の利がいいので楽です。そして素晴らしい友人もたくさんできました。やはりパリは文化的余裕のある街です。このような仕事もフランスでは何箇所もやることができました。それは外国人のアーティストに寛容で、見る目も高いのです。フランス人からの反応はとても良かったです。彼らは直接的で個人的な反応を示すし、認めてくれました」
彼のユニークな表現と今までの国際的なバッググランドを見れば大いに頷ける。コンテナが敷地内の隅にあり、中には作業用の安全靴が各サイズで、安全ヘルメットや電動ドリル(10cm程のネジ釘を使用)、指先の出る安全手袋などが準備されていた。私もこれらを着装して、他の学生やスタッフと一緒にこの木製タワーに登ってみた。
作品を解体する作業。川俣さんとスタッフ
作品の内部
現場はすべての問題をクリア
古代エジプトからヨーロッパの建築物やモニュメントまでは、半永久的に「残す」という思想だが、その逆で何か存在したが、跡形もなく「無くす」という作業。私個人の感じたことだが、これは日本文化から来ているのではないか? はかなさ、かげろうの様な…。しかし、強い何かを人々は刻み付けられるのではないか。
「木を使う最初のきっかけはキャンバスを張る木枠でインスタレーションを始めました。僕は学んだのは絵画の方でしたし、建築家や彫刻家でもないのですが、木は誰でも扱えるし、身近にあるのでやりやすかったのです。段々規模が大きくなってきたので、専門的な建築家と相談しながら進めています。つまり安全性です。木でもこの様な高さにすると、重量がかかってきますからね。そして展示中の放火や悪戯による崩壊を防ぐこと、街または自然の中での美的感覚を損なわないようにその国の人を説得することなど、いつも準備がたくさんあり、プランもしょっちゅう変わります。ですから現場での作業は全ての問題をクリアしてきているので、問題ありません」
彼は9月にはイスタンブール・ビエンナールに招待されている。「ここでも街の広場を使うので非常にデリケートな問題があります。トルコのイスタンブール・ビエンナーレで何箇所か展示があるのですが、あそこの状況が今不安定なので戸外ではなくて、たぶん室内展示に変更になるのではと思っています」
そして10月には、パリのヴァンドーム広場(パリで最高級のブチックや宝石店、リッツホテルなど高級ホテルが並ぶ)での展示の話しもすすめられている。
しかし、材料を集めるために、市場の終了後野菜や果物を入れた木の箱を取りに行ったり、捨ててある古いすや家具など、木製のガラクタを拾ってくるという。撤去した木材はリサイクルし、中心や周りを支えている大きな木はエマウス(EMMAUS/アベ・ピエール神父が設立した団体)に寄付することになっているという。
世界中のビエンナーレを制覇したアーティスト川俣正さんの「優しい眼差し」の所以がわかったような……。
エマウス(EMMAUS) アベ・ピエール神父が1945年に設立した‘恵まれない人々のために、恵まれない人々と共に’をモットーに活動する団体。
アベ・ピエール(Abbé Pierre、本名:アンリ・アントワーヌ・グルエ、Henri Antoine Grouès、1912年8月5日-2007年1月22日)は、フランスの司祭、慈善活動家。私財を投じ、ホームレスなどの救済に一生涯を費やした。
作品の前で。川俣さんとトモコ
TOMOKO K. OBER(パリ在住/画家・ミレー友好協会パリ本部事務局長)