技者の生身からくる面白さ
「あの日は演技の相手のエネルギーが少しダウン気味でした。その分、私がいつもよりエネルギッシュになって演じていました」とソフィ・ヴェルシャン。監督、女優、そして「フィーソロ・カンパニー」(法人の劇団)主宰者である。
舞台を観ていた私(筆者トモコ・K.オベール)たち観客にはそれは分からない。それほどエネルギッシュで子どもたちもおとなたちも引き込まれ楽しめたからだ。
「演技者の生身から来る素晴らしさや辛さがあり、毎回演じていて違う。だから面白いのです。舞台はいわゆるライブですから、その日のリズムやエネルギーを読み取り、寸時に調整します」。観客の反応も見ながら調整しつつ演じていくという。
「盛り上がって子どもたちが感激して涙をうるませるとか、ギニョール(各公園に小さな舞台がある人形劇)のように、悪い怪人が隠れていると『あそこ!あそこ!』と、子どもたちが声を出して教えてくれるとかね。舞台は観客との一体感でライブならではの醍醐味があります」
彼女の舞台を見たのはパリ20区にある「コメディ・デュラ・パッスレル」(Comédie de la Passerelle)。パリ市の管轄の子ども劇場で入場料は大人10ユーロー、子ども8ユーロー。母や祖母たちと一緒に子ども(4歳以上)たちが、ファンタジックな夢の世界と現実問題とが、縦糸と横糸に織られていく中に引き込まれていっていた。
ソフィの自宅で筆者のトモコ(左)とソフィ
ソフィの家族の写真や絵(画:ソフィ「娘」)のある部屋で
子どもは明日のおとな
ソフィの脚本、演出でタイトルは「プチ・ラタフィア(Petit Ratafia)」。3人の出演者の他に音響・照明・歌・衣装担当など数人の劇団員が舞台を創りあげている。舞台は農薬やゴミで自分の地域ひいては世界が汚染されてしまうというエコロジーをテーマとして扱っていた。詩的にしかも滑稽と皮肉が入り混じった、まさにフランス演劇の伝統的な舞台の骨子を貫いている。
ソフィは子どもに向けての舞台を選んだ理由として「子どもは、明日のおとなでしょう。このような経験は人生にずっと残ると思います。尊敬や思いやりを舞台の主人公を通して、子供たちのピュアで広い解放された精神に良い影響を及ぼすことと思います。そして何を言おうとしているか良く理解できているのです」と、きっぱりと話す。
子ども劇場のシステムは各地域にあり、税金で賄われている(公的な管轄)が、フランスは子どもからおとなまで観劇できるように、長年このような形で税金を用いている。オペラ座やコメディ・フランセーズ(1680年に創立された王立、後に国立の劇場。主に古典を上演)等も国の補助による。尚、フランスの「コメディ」は「演劇」、「コメディアン」は「俳優」の意味で、日本では喜劇・喜劇俳優に使用されているがこの範疇だけではない。
『Petit Ratafia』で子ねずみを演じるソフィ
『Petit Ratafia』の場面
大事な家族と歩んだ映画の世界
ソフィに取材であったこの日、彼女の話したエピソードに私は驚きとともに感動した。
「私たち去年結婚したのよ。もちろん初婚。私が26歳の時から今の夫と29年間一緒でした。結婚式の時、28才の娘と22才の息子の2人がそれぞれのテモワン(証人)になってもらったの。他の人には知らせず、4人だけで区役所での結婚式をしました。区長の代理の副区長(女性)が司式をしましたが、副区長は感激して涙ぐんでいました。私たち4人も喜びの涙で一杯でした。なぜその気になったかと言うと、夫が2度ほど生死をさまよう大病をしたのです。それが結婚を決めた大きな要因です」という彼女の話(詳細は省くが)を、聞いているだけで私自身も胸がいっぱいになった。
「夫と出会った頃、私は女優として映画に出演する仕事をしていました。彼は映画の美術制作の仕事をしていました。私たちは撮影現場で出会ったのです」
子どもの頃から家族にソフィは大きくなったら何になるの?と聞かれると「『パパになる』と答えたり、別な日は『ブリジッド・バルドーになるの』なんて答えていたのよ。つまり別な人になって演技をしたかったのです」
やがて少女から大人になって映画の道にすすむ。「映画制作のアシスタントを10年、その後は自分で制作するようになりました。夫は美術を担当し、私たち2人の子どもたちを役者として子役から使い、私が監督・脚本と、家内工業みたいな短編映画をいくつもつくりました。家族みんなでつくるのが経済的だったし、映画づくりが家族の仕事のようでした」
フェスティヴァル・ダヴィニョンに招待されて
「8年間ピエロの仕事もしました。ピエロは思ったより地味なまじめな仕事ですが、パッション(情熱)が必要でした」
家族とともにつくってきた映画制作とピエロの仕事など、これらが現在の劇団の土台になっている。パリ生まれの彼女は子どもの頃からクラシック・バレエで心身を鍛えているが、これらを含めて今までの経験が全て「使える」という。
「劇団は経済的には大変ですが、その代わり自分でできる事は全てやります。そして何よりも他の人たちと一緒につくることが好きなんです。ワンマンショーは好きではありませんので。次の新しい子どもたちのためのスペクタクル(出し物)も決まっているんですよ。今度はミツバチが主人公。「プチ・ラタフィア」の続編ですね。やはり『敬意、尊重、モラル、主張、エコロジー』などを盛り込みながら、コミカルさも入れます」
今年、劇団はフェスティヴァル・ダヴィニョン(*)に招待された。6月5日から20日までアヴィニョンのオプセルヴァンス劇場で「プチ・ラタフィア」が上演される。
「招待状が届いてとても嬉しい。スタッフ5人で行ってきます。反面、ぶっ続けで2週間ですから大変だと思いますが……」と言いながらも、ソフィの笑顔は一段と輝いてみえた。
フェステイヴァル・ダヴィニョン(Festival d’Avignon) アヴィニョン演劇祭。毎年南仏アヴィニョンにて行われるインターナショナルな演劇祭。演劇、映画、バレエ、ミュージカル、コンサート、舞踏、コンテンポラリーダンス、マリオネット、パントンマイム、騎馬オペラサーカス、大道芸人など数百箇所で開催する大規模なフェスティヴァル。
ピエロのソフィ(右)
『Petit Ratafia』のチラシ(画:ソフィ)
affiche projection 2014 PAT (13)
TOMOKO K. OBER(パリ在住/画家・ミレー友好協会パリ本部事務局長)