魔法のような所作指導
私(筆者Tomoko k. OBER)は日本の伝統的な美しい着物を持っているが、着付けもわからず、たためず……。ヨーロッパで参加する数々のイベントの際に着ることができたらと、今まで何回か悔しい思いをしながら、1度も着ることがなかった。ヴェルニサージュ(オープニングレセプション)の時に、せめてもの羽織を引っ掛けるのが精一杯であった。
その私が今回夢のような素晴らしいチャンスに恵まれたのだ。着付けは、お借りした絣(かすり)の着物を、三味線奏者の山尾麻耶さん(*)にピシッと大変手早く着せていただいた。
そして、藤間貴雅氏が、なんと素人の私をまるで魔法のように20、30分で型を決めてくれた。プロのベテラン所作指導者でなければできることではない。まさに「ただ者ではない」と唸ってしまう。
「はい、この扇子を持って4本指で、はい、2本指で、かるーく、扇子を前に手前に、顔を隠し、半分隠し、そして胸の所へ。今度は風を汲むように、丸くS字のように……」と。次々に言葉をかけての指導が続く。彼の手首と指先はやわらかく、扇子を弄んでいるかのように見えるのだ。魔法の杖を駆使するようなもので簡単そうに見えるが、私など素人はそうはいかない。まるでぎこちない。
しかし、40分後に私は麻耶さんの三味線で『道行』を藤間流の師範である藤間貴雅さんと踊った(?)。恐るべし!所作の魔法使い。
藤間流師範 藤間貴雅氏
感動したことに人生をかける
なぜこのような「伝統芸能」に入ったのか聞きたくてうずうずしていた。彼は悠然と流暢な日本語で答えてくれた。
「小学生の時、母と東京の美術館に行った時のことですが、T.ロートレックの絵に衝撃を受けました。何故なのか分かりませんが、それ以来、絵画の鑑賞はもちろんですが、絵を描くことも好きになりましたね。中学2年生の時に歌舞伎見物に連れて行ってもらいました。その後、歌舞伎役者中村富十郎さんから頂いた一通の手紙から、歌舞伎の世界にのめり込んでいったのです」
豊かな環境は彼の感性を高め、彼の将来を創作活動に向かわせていったようだ。彼の心を動かし「人生をかける」に至った手紙には、貴重な言葉が綴られていたことだろう。
現在、藤間氏は、作・演出・振り付け・役者と、何役もの責任ある立場で活躍している。公演は国立大劇場をはじめ能楽堂・芸術劇場・シアターなどで行っている。舞台は歌舞伎や時代劇などの他に、厳しさでは定評な蜷川幸雄演出の舞台の所作も担っていた。
「第一日目にすごい声で怒鳴られ罵倒されました。灰皿は飛んでこなかったけど(笑)。でも、これは彼一流の最初のテストだと感じました」
藤間氏は蜷川演出の『ヘンリー四世』『ムサシ』など、また、宝塚歌劇団花組の『戦国BASARA』月組の『JIN』などの所作指導や振付アシスタントも。さらに本業の「藤間貴雅の会」の日本舞踊の作品創作を毎年開催している。
また、彼の活動は日本のみならず、パリ、ベルリン、モスクワ、ホノルルと、海外公演で日本の伝統文化をひろめる役を担い文化交流に貢献している。その活動は止まることなく伝統芸能たる歌舞伎や日本舞踊に新しい風を吹き込んで旋風を巻き起こしているようだ。
「そうですね、私の立場で難しい事は、やはり人と人との係わり合いですから、個人差があり、パシッとうまくいく場合は良いのですが、逆の場合はなかなか進みません。分からないところ疑問なところなど、トモコさんのように、すぐ聞いてくるような人が良いのですが……。あなたは上手にできましたよ」と。
指導も上手、お世辞も上手。これでなかったら厳しい舞台や個性豊かな俳優や歌手など、芸能界の人々に所作指導をすることなど不可能だ。
藤間氏たちのパリ公演のポスター
パリ公演で日本の伝統芸能を披露する藤間氏(藤田嗣治の絵を背に)
藤間氏に所作の指導を受ける筆者
藤間氏の指導で三味線にあわせて踊る
三味線奏者 山尾麻耶さん
総合芸術を創作する舞踊家
彼の仕事は人を使った総合芸術である。例えば新作の『翁と道化』のパンフレットを見ても、彼自身で作、演出、振り付け、そして25~30人の作曲、作調、振り付け、歌、浄瑠璃、三味線、囃子、そして13~15人位の役者(彼自身も)をまとめて、音、動き、光、映像を使った空間芸術である舞台で演出する。まるでオーケストラの指揮者のように。
下記に『翁と道化』のプロローグを書き写す。
惑星たちは地球の行く末を心配し
どうにか救わなければならないと
地球を呼び出します
しかし地球は
気にもとめない様子
人間が飽くなき欲望を
突き進める限り
崩壊は止められないと
自分のことでありながら
半ばあきらめ
日和見的な考えを吐露します
惑星たちは地球が
自覚して人間を止めない限り
地球はおろか自分たちまで
壊れてしまうと訴え
救済の為のある提案を
地球に促します
はたして地球の運命は…
(「貴雅の会」カタログより抜粋)
「実は日本のいわゆる伝統芸能は近国のアジアだけではなく、古代ペルシャ(現イラン)、フェニキア(現シリア)あたりからの影響を色濃く受けているのです」と藤間氏。その言葉に心をよぎる思いがあった。約40年間パリに在住(筆者はフランス国籍)しているが、中近東から日本までオリエンタルの風が今でも吹いているという実感があるからであった。
藤間氏はパリでの公演が何カ所かあり、その後すぐモスクワへ向かう。忙しいスケジュールの合間に、グローバルな感性の彼と出会うことができた。有意義な「時」をいただいたようである。
「様式や伝統というものに安住している状態は停滞かもしれない」という彼のこの言葉が彼の生き方を的確に示している。それはアーティストとしての本質でもあるから、私の琴線に触れる言葉であった。
舞台「翁と道化」
TOMOKO K. OBER(パリ在住/画家・ミレー友好協会パリ本部事務局長)