私(筆者)は毎朝、パリ19区「メトロ・ジョレス」の近くのヴィレット停泊所からウルク運河にかけてウォーキングをしている。運河にはたくさんの船が停泊しているが、個人の家として、また船のオペラハウスやテアトル(劇場―おとな用も子ども用も)、レストランなどがある。そして今回、私がとても興味を持った「船の本屋さん」がある。
セーヌ河にはもっと大規模な停泊所がたくさんあるが、平坦なヨーロッパの地形は川の流れがゆっくりとしていて川幅も広く、昔から「道」としての役割を担う重要な交通機関だった。運河もヨーロッパ中張り巡らされていて、昔から、海や川や島に対する愛着からも人びとに培われてきた「道」であった。
水上本屋の船(Péniche librairie ぺニッシュ リブラリ)「水と夢(L'eau et les réves)」
パートナーと専門分野を出し合って
私(筆者)はウルク運河を通るたびに、何年か前から停泊している「船の本屋さん」はとても気にかかっていた。その名も「水と夢(L'eau et les réves)」。
パリ在住40年以上になるが、船の書店は初めて目にした。オーナーのジュディトに会って取材を申し込むと「先日も日本の取材を受けたばかりです」とにっこり、快く取材を受けてくれた。
「2014年4月の約1年前にオープンしました。セキュリティーなどたくさんの煩雑な問題を乗り越えて、許可を取るのにとても長い年月を要したのです」
若い書店オーナー、ジュディトの自信に満ちた笑顔が輝いた。フランスではパリの西のムーランにあるようだが、後にボルドーにできるとか、とても数少ないと話す。船の書店だけにユニークさは抜群である。
「私はイタリア語の教師・翻訳・出版の仕事をしていました。コンパニオン(生活パートナー)は船長でした。2人の得意分野を出し合って何か事業を立ち上げようと考えたのが『船の本屋さん』だったのです。お互いに最も興味がある専門分野を合わせ、こういう形にしたのです」
思わず「ブラボー!」と言いたくなるほどの発想の合体である。フランス人の彼女の祖先はイタリア人であった。地中海海岸のマルセイユで暮らしていたという2人にとって、船の世界は人生そのもの。船の大きさは、長さが38.5m、幅5m、中は広々としたスペースがある。
「運河ですから、揺れることはありません。セーヌ河は結構早い水流があり、船の航行も頻繁です。もちろん海はもっと規模が大きいですね。このように運河ならではの仕事が可能になるのです。地上と異なる船という空間はまた格別です」
船の内部
オーナーのジュディト・ロザ(左)と筆者
水(海、川、運河など)と船とエコロジーの書籍を中心に
書籍は大人用、子ども用コーナー、そして(普通の書店にもあるが)古本のコーナーがある。しかも「水」に関する本だけを扱っているのがこの「船の本屋さん」の特徴である。水に関わるすべてなので、船に関して、またエコロジーに関する書籍も数多くある。水曜日から日曜日までの13時から19時の営業であるが、地上の本屋さんと比べて水上ならではの困難なことがあるという。
「船はいつもこの場所に固定していますが、別の場所にも年に1、2回は移動させます。モーターの具合やその他のメンテナンスのためです。しかしこの場所以外の他の場所での営業はできません。また、船ですから運河という場所に限られていますので、人の通りが街中と違って少ないので、特別なイベントを開催して宣伝します」
もちろん新刊書の案内のためには作家を招き、講演と著者サイン会を企画する。また子ども向けに水に関する絵のアトリエをアーティストを招いて開催したりしている。
「現在、開催している『海と川』に関する絵の展示会なども人気があるんですよ。次の土曜日は2人の作家を招待して、テアトルと本の紹介をする予定です」と、オリジナリティあふれる企画を次々に発信している。
荒海に乗り出して約1年、書店船はジュディトとパートナーの2人の体力と頭脳を駆使し航海を続けている。まさにダイナミックに舵を切り替えて人生を突き進んでいる人たちであった。梅雨の無いパリは天気も良く運河沿いは人がたくさん出ていた。この船にも何人も乗船してきて、本好き、船好きなパリジャン、パリジェンヌたちを喜ばせていた。
(2015年6月27日取材)
運河にかかる橋
下に船が通ると橋が上がるようになる
橋の近くの教会と子供の遊び場
停泊場
この船は家として使用
夏の親父さんの遊びのペタンク
TOMOKO K. OBER(パリ在住/画家・ミレー友好協会パリ本部事務局長)