パリ9区のピガール広場から歩いて5、6分の所に「ロマンチック美術館」がある。そこだけが街の喧騒を忘れさせてくれるような落ちついた静けさの中に、花々が咲く庭園のある19世紀初頭イタリア式の館が建っている。ブドウの棚もあり、まだ青いブドウの房がたくさんついていた。ここは1811年にオランダのロマン主義の画家、アリ・シェフェール(*1)が過ごしたアトリエ兼住居であった。
このロマン主義(ロマンチズム)は、主に18世紀末から19世紀後半の短い時期だったにもかかわらず、ヨーロッパ諸国で起こった精神運動の一つで、それまでの理性偏重・合理主義等に対し、感受性や主観に重きを置いた運動である。古典主義とは対を成し、恋愛賛美・民族意識の効用、中世への憧憬といった特徴がみられる。それが近代国民国家形成を促したといわれる。その動きは文芸・音楽・演劇等いろいろな芸術分野に及び、後にその反動として写実主義・自然主義等をもたらしたという重要なエポックといえる。
ヌーベル・アテネから生まれたロマン主義思想
多忙な館長のファリゴル氏に会うことが出来た。「私はここに赴任してきてもうすぐ4年になりますが、その前は南フランスのマルセイユとモンペリエの美術館に赴任していました。私の家族は南フランス在住ですが、私はパリへ単身赴任です。主にここでの仕事は、企画展で「どんな作家を選ぶか」にかかっていると言えます。ロマン主義者たちの集ったサロンが基礎になっていますから、展示方法が文学、音楽、絵画の時代背景を考慮し、他の美術館との協力も必要としています。ここはそっくり1980年にパリ市にシェフェール氏の子孫より寄贈されたのです。彼の3代目の子孫は、ジョルジュ・サンドの孫娘から沢山のサンドの遺品が贈与されていましたので、貴重な陳列物はそのお孫さんの力です。彼女やショパンはこの近くに住んでおり、ここのサロンにいつも来ていたようです」
その当時(1780-1830年頃)この辺の様子はどうだったんでしょうね?「最後のパリの大きな壁が取り払われ、活気づいた街になっていたと思いますよ。ヌーベル・アテネ(新しいアテネ)と呼ばれていて、多くの芸術家が集まった地域でした」
入って左側に大きなアトリエがあり、イーゼルや暖炉やそしてピアノがあった。そのピアノをショパンやリストが弾いたり、連弾したりしたことを思うと、身震いがするほど感激する。
「この美術館の困難さは先ほども出ましたが、短くそしてたった一つの特別な時代だけなので、他の美術館にない困難さがあります。しかし当時色々な人たちが交流・交差したので外側から中を見ても良いわけです。18~19世紀のデッサンからも当時の様子が伺われますが、有力な活き活きした様子がうかがい知れます」。現在7名の専門家の下に20名ほどのスタッフが働いています。
庭園から美術館をみる
サロン・ド・テがある
美術館正面
美術館内アトリエ
忘れられた人たちを取り上げる
別のアトリエにはピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ(*2)の花のデッサン画の展示があった。
「今回、彼のように忘れ去られようとしている画家を取り上げました。それは歴史の証人だからです」
この言葉に私は深く感動した。私は名前も覚えていない画家だが、彼の花の絵はどこで見たのか分らないが、見覚えがある。
「私自身が決定しプログラムを立ち上げ、何カ所、何人もの人たちとの交渉の末実現したのです。この建物の最終内装は83年と88、89年に行ないました。ヨーロッパ中から見学者が来ます。展示内容にもよりますが、日本人はパリ在住の人が多く、ガイドさんとゆっくり見学していますよ」
館長が来る前に私はブドウの房に触れながら、近くに居たここで働いている女性に「ここのブドウで何本くらいワインが取れるのかしら?」と冗談話をしたら「見学者が熟すのからポツポツ食べてしまうからなくなってしまうわよ」との返事に二人で笑った。ここはモンマルトルのふもとにも近いのでブドウ畑も沢山あったのであった。片隅にはティーサロンのためのお店ではお菓子もそろっているので、かわいい庭園でそれこそロマンティックなひと時を過ごす事ができる。かのジョルジュ・サンドとショパンの気分で……。
アトリエ内部1(ストーブ・ピアノがある)
アトリエ内部2
シェフェールの作品
アトリエの内部を描いた作品
ピエール・ルドゥーテの特別展
ピエール・ルドゥーテの特別展
ショパンの手の型取り
ジョルジュ・サンドの髪の毛
ジョルジュ・サンドゆかりの部屋
ジョルジュ・サンドの遺品リスト
中庭にあるサロン・ド・テ
1)アリ・シェフェール 1795-1858 オランダ、ドルトレヒト出身のフランス画家。宗教的なテーマと肖像画
2)P.J. ルドゥーテ 1759-1840 ベルギーの画家、植物学者
現在でも良く使われる「ロマンチック」と言う言葉はJ-J・ルソーが最初に用いたとのこと。文学者や画家だけでも、ドラクロア、ヴィクトル・ユーゴー、スタンダール、バルザック、ジョルジュ・サンド等。音楽家ではシューベルト、ベルリオーズ・ショパン・シューマン・リスト・ワーグナ等がヨーロッパ中から傑出。日本では明治中期(1890年)にロマン主義文学の影響を受け、森鴎外、北村透谷、樋口一葉、島崎藤村、徳富濾過、泉鏡花、与謝野晶子等。夏目漱石は「朗漫」と言う漢字を考案した。
TOMOKO K. OBER(パリ在住/画家)