筆者トモコ(右)と
毎年、私はパリのグラン・パレで開催する「コンパレゾン・アートグループ」の展示会に参加している。展示会はパリ在住の作家だけではなく、毎年日本在住の選抜された作家数人が参加している。その作家の中に画家の大島由美子さんがいた。彼女の娘さんはパリに在住しているので、展示会のオープニングで私はいつも彼女とグラン・パレで会っていたのだった。娘さんは神秘的な雰囲気のするしとやかな人で、いつも静かに微笑んでいるような印象の人であった。彼女はヴァイオリニストでパリ国立オペラ座管弦楽団に所属しているという。日本人の音楽家も所属していることを私は初めて知りとても興味が湧いた。早速連絡をしてオペラ座前で待ち合わせ、インタビューを行うことになった。
約束の日、仕事場でもあるオペラ座の前で待ち合わせて近くのカフェに入った。彼女は白いコートの下に黒の服であったが、「インタビューの後にコンサ-トがあるのでこのような仕事服できました。オペラ座付属のバレ-学校の発表会の演奏ですので」と説明してくれた。私も何年か前オペラ座でその発表会を観たことがあった。幕の袖で厳しい顔した中年の女性が若い教え子を見ていたのが印象的だった。もちろん初々しいバレリ-ナたちだが、未来のプリマドンナを目指しているエリ-トたちだった。
1年生の時の発表会
ルクセンブルク皇太子来日時に演奏(8歳)
中学1年生の時のコンクールで
イギリス 英国王立大学大学院の卒業式
5歳の女の子の夢が叶った
なぜ、ヴァイオリニストを目指すようになったのかと聞くと彼女はあっさりと「子どもの頃、コンサートで見たヴァイオリニストの真っ赤なドレス姿に憧れて」と話す。
「近所のお友達と一緒にスズキ・メソードでヴァイオリンを始めたのが4歳の時。そして5歳の時に初めてコンサートに行きました。オーケストラをバックにソリストが真っ赤なドレスを着てコンチェルトを演奏しているその姿が印象的で、いつか私もあのようなドレスを着てみんなの前で演奏するヴァイオリニストになりたいと、その時から強く思いました。」家族も親族にも音楽家は誰もいないという。幼い彼女の心をとらえたこのコンサートの体験は、彼女の人生を大きく左右するほどの出来事であった。「小さかった私にはまるで夢のような世界に見えたのです」
日本人ではパリ国立オペラ座管弦楽団の団員は過去にさかのぼっても数人である。極めて難関な場所にどのようにして入ることができたのか!
「もちろんオーディションを受けたのです。空いた席を目指して世界中から受けに来ます。課題曲があり、3回のテストを全て通過して合格したのです。もちろん1回目でほとんど振り落とされます。日本人の団員は私が2人目だったのですが、最初の方は若くしてパリに留学された方で、フランスで勉強する事なく入団したのはオーケストラ史上、私が初めてでした。最近は韓国人や中国人などのアジア人も増えてきました。」
2003年に入団、すでに16年間オペラ座で演奏している。多い時は週6日、年間230回の演奏があり、ソロ活動やその他自由に出来るのは主に長期の夏休みの時だけと話す。「その長期のお休みの時に日本で演奏会をします」と、日本とフランスの両国の音楽を通しての架け橋となっている。
「楽団ではあまり人の出入りや移動がなく、皆さん定年まで在籍しています。人間関係にもそれなりの神経は使いますが、日本に比べたら楽だと思います。ただパリでは仕事が忙しく、アパルトマンとオペラ座の往復のみになっていますので、少し倦怠気味かな?」
目下、自由な一人身を謳歌しているという。「恋人はいません。結構団員同士で結婚しているようですね。オーケストラのヴァイオリン奏者は40名で、団員は総勢170名います。パリはガルニエとバスティーユの2つのオペラ座があるので、私たちも2つのオーケストラに分かれて公演を分担して仕事をしています。皆さん長くいるのは、やはり生活の安定した場所であるからかもしれません」と。恋人の話はさらりとかわされた。
「本当はロンドンで仕事がしたかったのですが、外国人(EU圏以外の)では労働許可を取ることができなかったので、英国王立音楽大学院を卒業後ドイツのマンハイムのオーケストラで半年仕事をしました。そしてパリに来たのです」
自分の才能を生かせるところを探し求めて、パリにたどりついたとも思える。「今でも心はロンドンに向いていながらパリにいるような……」と話す。彼女にとってロンドンは憧れであるようで、歴史があり落ち着いた街でありながら、日本とイギリスに人間的な共通性や類似性を感じる土地のようだ。「ニューヨークですか?日本と時間の流れが似ているのであまり興味はありせん」
オペラ座の前で
オペラ座の前で2
音楽家は重労働
「長いオペラは6時間くらいかかりますから、終了が夜中になることもあるので、かなり重労働です。重労働の仕事を果たすために、ヴァイオリニストとして気をつけているのは身体のことが一番ですね。週に1回は整体に通って首や手首を中心に体をマッサ-ジしてもらっています。アルコ-ルは飲まず、食事はほとんど家で自炊をしています。5年前に腱鞘炎になり3年間あらゆる治療をしましたがなかなか治りませんでした。しかし最終的に原因は弓だとわかったのです。オ―ケストラで弾いている弓の重さが通常より重く、弓としてのマキシマムの重さ65gだったので、駆け込んだ楽器屋さんにある弓の中で最軽量だった57gの物をすぐに購入して使いましたら自然と治ったのです。オーケストラピットの中は、狭く暗く危険なので普段コンサートなどで使う良い弓は使わないなど、弓を使い分けているのです。気づくのに時間がかかってしまいました」
弓の毛は馬のしっぽで作られているが、中でもモンゴルの馬のしっぽが最高及品だそうだ。「ただパリで使用されている弓の毛は、ポ-ランドやチェコ産が多いのです。モンゴルは遠いからでしょうか。良い楽器はやはりイタリアの物です。イタリアで作られ発展してきたからか、イタリアに行くと楽器の状態が良くなり、乾燥度が高いのでとても鳴るようになります。パリは結構湿度がありますからそれには劣ります。だから日本の梅雨時は高湿度で困りますね。またヴァイオリンのメンテナンスを常にしなければならず、弓の毛替えや弦の張り替え、楽器の調整などそして保険もかけないといけないので、やはり出費が嵩みますね」
そういえば私は以前知り合いのピアニストと音楽家専門の整体師の所へ通訳がてら行ったことがあるが、体の一部だけを酷使するのでゆがみが出てくるのだ。
「そして、やはり言葉と日常生活から来る不便さなど、外国人としてのストレスなどは感じますね」と。
演奏会のとき、海外の観客と日本の観客の違いはあるのだろうかと問うと「日本の場合はTVの影響もあるかと思いますが、最近は音楽家がレクチャーやおしゃべりをして客と楽しみ、一体感を持ってもらうというコンサートが流行っていますが、パリではその人の音と人を自分なりの解釈で見聞きする事に興味を持ってくるので、音楽以外の他の事は必要ありません。しかし、それだけに真剣さを要求されます。それが本来の姿勢なのではないかとも思いますが、日本では正しく解釈したいという気持ちが強いのかもしれません」
2020年3月に東京、横浜、京都でロシア人ヴァイオリニストのロマン・ミンツとヴァイオリンデュオのコンサートツアーがある。「ロシアのプロコフィエフやシュニトケなどの作品を中心としたプログラムです。彼はロンドン時代の同門生でソリストとして世界で活躍しており、今から共演が楽しみです」
パリと日本を自由自在に駆け巡るこれからがますます楽しみなヴァイオリニストである。
TOMOKO K. OBER(パリ在住/画家)
ヴァイオリニスト 大島莉紗 Lisa Oshima,Violinist
桐朋女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学ソリストディプロマコース終了。その間小林健次氏に師事。1997年より文化庁在外派遣研修員として、英国王立音楽大学大学院に留学し、フェリックス・アンドリエフスキー氏、トーマス・ツェートマイアー氏に師事。在学中、女性として初の受賞となるユーディ・メニューイン賞をはじめ、イアン・ストーツカー賞、イゾルデ・メンゲス賞などヴァイオリンにおけるすべての賞を受賞。ローム・ファンデーションおよび同大学から奨学金を受け、1999年同大学院を過去最高点の首席で卒業する。
2000年5月、ロンドンのロイヤルフェスティバルホールで開催されたカークマン・ ソサエティ主催のリサイタルでは世界的権威の弦楽雑誌<The Strad>が絶賛。同年11月、東京で開催したデビューリサイタルでは、日本国内の各音楽雑誌で高い評価を得る。
第18回リピツァー賞国際ヴァイオリンコンクール入賞、第9回ポスタッチーニ国際ヴァイオリンコンクール入賞、ヤマハ・ヨーロッパファウンデーションコンクール優勝を始め、数々のコンクールに入賞。英国王立音楽大学交響楽団、ルーマニア・モルドヴァ交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団などとの共演、プレシャコブ国際音楽祭に招待されての室内楽コンサートなどで演奏。シュレスヴィヒ・ホルスタイン音楽祭での演奏はドイツNDRラジオで放送され、新聞紙上で絶賛された。また、世界各国 の英国大使館で行われるイギリス・ジャガー社主催のコンサートに、英国王立音楽大学長の推薦を受けて出演。ヨーロッパ各国から始まり、世界十数カ国で演奏活動を行う。イギリス・ハレオーケストラ、スコティッシュ・チェンバーオーケストラの客演コンサートマスターを経て、2002年ドイツ・ラインランドファルツフィルハーモニー管弦楽団に入団。2003年パリ国立オペラ座管弦楽団に入団。同管弦楽団のヴァイオリニストとして、バスティーユ、ガルニエの両オペラ座で活躍。また、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の客演首席奏者として、アムステルダム・コンセルトヘボーへのコンサートツアー、ロイヤルフェスティバルホールでの定期公演などに出演。パリ・オペラ座を拠点に、ヨーロッパ各地で、ソリスト・室内楽奏者として多彩な活動を展開している。現在、パリ在住。
ブログ「パリ・オペラ座からの便り」 http://lisaoshima.exblog.jp/
2016年春にウィーンで録音し、秋にロンドン・quartzmusicよりCD「Prokofiev」をリリース。
●CD,MP3をインターネットにて好評発売中!
http://www.quartzmusic.com/recording/prokofiev-lisa-oshima-stefan-stroissnig/
●Gramophone Reviews
http://www.gramophone.co.uk/review/prokofiev-violin-sonata-no-1-5-melodies-romeo-and-juliet-suite/