パリ 、サンルイ島での出会い
「子どもの頃からデッサンが大好きでした。いつも絵を描いていたんですね。それは人に伝えるため、理解されるための手段でもありました。11歳のときから、祖父、父母の教育・研究者の影響を受けて、絵画、音楽、バレエなどの芸術分野、そして数学、物理、言語学など、つまり全ての分野のディシプリンヌ(訓練、学問)をしようと決心しました」
妖精のような愛らしい表情と華奢な身体からは、後に想像もつかない言葉があふれ出てくる。フランスワインの最高級品の一品ロマネ・コンティを産むブルゴ-ニュ地方(パリ東南部)で生まれ育った。教育熱心な家族に囲まれ早熟で繊細な少女期を過ごす中で、特に芸術の分野に抜きん出ていたようである。
約15年前から、シテ島と並んでパリの発祥の地であるサンルイ島(*)に在住。その建物の地階(日本の1階)は貴族達の馬車をおいていた所で、壁に中世の馬の紋章があった。セメント、石、タイル、木等の材料で3年間かけてほとんど自分で改築。広いアトリエ付の住居と、地下にはダンス用の木の床と前面ガラス張りの壁が張り巡らされたダンスフロアがある。
彼女に招かれたのは、約5年前のことであった。日本にいる私の妹と、栃木県にある文星芸術大学の上野孝子理事長のパリ個展のコーディネートに携わったときである。私が上野理事長とJTB支店長と妹を、サンルイ島のレストランに案内したときに、隣のテ-ブルに魅力的な女性カトリーヌと男性2人がいた。ほぼ食事が終わりかけて雑談をしていた時、私は彼女に「あなたは舞台女優の方ですか?」と話しかけた。私たちに興味を示した彼女は「是非、私の家にお寄りください。お見せしたいものがあります」と。近くの彼女の家でシャンペンがふるまわれ彼女の作品のDVDを見ながら思わぬひと時を過ごした。そして、2日後の上野理事長の個展にも彼女たちは来てくれた。
サンルイ島:パリの中心ノートルダム寺院のあるシテ島の後ろにある小さい島である。今も17、18世紀の館がたくさん残っていてパリの最高級住宅地として知られている。古くからは大貴族や、司法官、徴税官等が邸宅を構えていたが、今は作家、芸術家、古きパリを愛するブルジョワ達が住んでおり、島全体が歴史的建築物に指定されている。
カトリーヌの作品と著書の展示会で(右:トモコ)
サンルイ島のブルボン河岸
ミツバチがいろいろな花から蜜を集め別なものを作る
「私は過去の絵画も現代絵画も関心がありません。もちろんそれらは土台としてありますが、それらを超越したものがプリュディシプリネール (pluriは幾つかの、多数の意味、disciplinaireは秩序を保たせる、訓練鍛錬する、等の意味)の立場で、全てのア-トの概念を超えることです。既成アートを壊し、別なア-トを作ることです。糸をほぐしそれで新しい別な物を作るように。大事なことは全ての事に興味を持つことです」
彼女の創作活動は複合的総合芸術である。それは絵画、詩(作詞、朗読)、カリグラフィ-、シネマ(撮影、シナリオ、出演)、ダンス(主にフラメンコ、アルゼンチンタンゴ、クラッシックバレ-)、クチュ-ル(洋服デザインと縫製)、パロ-ル(講演)等、これらを総合しさらに高度なものへと昇華させ、別な創造作品を生み出すことである。「私はミツバチがいろいろな花から蜜を集めて別なものを作るようなもの」と話す。
「それは、何よりも自由のため、そして自分自身が無になるため。それには力が必要ですが、自己でできるのではありません。どこからくるのかわからない、探すこともありません。一言でいえば、まるである力からそれらをやらされているといえます。それはメッセ-ジであり、宗教の根源のようでもあります。コスモス(宇宙)、物理学など、または曼荼羅などもそうでしょうね。これらは太古からあります。私はこれを利用しているのにすぎません。脳の働きを現実化するためには、たくさんの時間が必要です。そのための沈黙、孤独、何も考えず、何も行動せず、のときが不可欠です」と、彼女の穏やかで力強い言葉が続く。
アトリエで庭シリーズの作品を前に
サンルイ島自宅の庭で
繊細な日本人?
今後の活動は?と問うと、彼女のオリジナリティーあふれる発想と言葉で語ってくれた。
「建築的要素の物です。場所探しが大変ですが、簡単にできることは後で何もないですから……。空間にはエレモン(素子)やエレクトリウム(琥珀金)がたくさん存在しています。現代科学ではまだそれらを活用できてはいないですが、やがて光速より早く移動できて、どの次元でも行ける、真の自由を得ることを望んでいます」。そして、謎めいた微笑みと言葉は続く。
「私は未だに自分がフランス人と感じることがないんです。ずーっと日本人ではないか?また日本に近いアジア人ではないか?と思ったりしています。オリエンタルでしょう?そうそう。日本人はフランス人以上に繊細で、エレガントですものね」
日本に対する憧憬をのぞかせながらも、純粋に他国を認め自由を愛する自信に満ちたフランス人を代表しているような言葉でもあった。約5年前に彼女の家を訪れた時、着物や扇子などがオブジェとして飾られていて、上野理事長たちを喜ばせたものである。日本の文化にも非常に興味を持っていたが、それにして、フランス人は、はじめて会った人を招くことはしないが、彼女の特別なインスピレーションで、私たち一行が何者であるか、非常に興味をそそがれたということでもあった。彼女自身もそのときの出会いが非常に印象的だったらしく「マダム・ウエノはどうしていますか?」と訊ねる。
彼女の近作のうち、何年か続いている庭園のシリ-ズは、一般公開されていて、東フランスのナンシ-に近い、Chateau de Haroue(アルエ城)、パリのチュルリー公園、館のド-ム等で展示され、高く評価されている。
庭シリーズの作品
日本の着物を羽織るカトリーヌ
TOMOKO K. OBER(パリ在住/画家・ミレー友好協会パリ本部事務局長)