平成17年(2005年)10月1日に那須郡南那須町と烏山町が合併し、那須烏山市が誕生しました。
那須烏山市は栃木県の東部に位置し、西部は高根沢町、北部はさくら市、那珂川町、南部は市貝町、茂木町、東部は茨城県常陸大宮市に接しています。
地勢は、八溝山系に属し、那珂川が平野部を貫流し、那珂川右岸には丘陵地帯が形成され、丘陵を縫うように荒川や江川などの大小河川が貫流しています。那珂川左岸は、東部山間地帯となっており、那珂川県立自然公園に属する山間地と小河川で形成されています。
国道293号が市の北部を東西に、国道294号が市の中心部を南北に走っています。国道294号と県道宇都宮烏山線が交差する市内の中心部は、栃木県東部の交通の要所となっています。
鉄道は、JR烏山線が市内を東西に走り、市内に5つの駅があり、この地方の足としての役割を果たしています。
(那須烏山市HP参照)
大谷範雄市長
福田長弘氏
島崎健一氏
棚橋誠一郎氏
「山あげ行事」が「ユネスコ無形文化遺産」に登録
棚橋 那須烏山市の「山あげ行事」が「ユネスコ無形文化遺産」に登録されました。まず市長さんに市としてのこれからの展望をお聞かせください。
市長 去年(2016年)の12月1日にユネスコ無形文化遺産登録という吉報が入りました。まさに快挙でありまして感激しております。先人達のたゆまぬ努力、そして山あげ保存会を始めとする関係各位の並々ならぬ努力が功を奏したと思っておりまして、今後、先人から引き継いだ山あげ行事を大切に保存しながら継承していくことが私たちの役割と考えています。
そういった意味ではオール那須烏山体制で烏山の山あげ行事をさらに盛り上げつつ後世に伝えていく、これが大きな責任だと思いますが、私は那須烏山市の地方創成にも繋がっていくと考えておりますので、市民の皆さまのご協力ご支援をいただきたいと思っています。これはユネスコの無形文化遺産ですから、今後国内外からの観光客が見込めると思います。
また「今宮神社祭の屋台行事」がユネスコ無形文化遺産に登録された鹿沼市と連携して地方創生加速化交付金をいただきながら「下野の国二大祭り×2市=まちの賑わい∞(むげんだい)プロジェクト事業」という長い名前ですが観光振興、商品開発、PRなどを促進し、ひいては移住定住を図るということをお互い目的としています。国の交付金をいただいていますから市をあげて有効に活用して、さらに地域の活性化に努めていきたいなと思っています。
棚橋 いよいよユネスコに登録されて初の山あげ祭りがこの夏行われますが、栄えある当番町となる仲町の筆頭世話人で、山あげに関する総プロデューサーの重圧を担うのが島崎さんです。奇しくもお父様が「山あげ保存会」の会長も務めていて、親子でこういうめぐり合わせになるというのはやはり「神事(かみごと)」というのでしょうか?今回で筆頭世話人は三回目になる島崎さんはどういう思いですか?
島崎 こういうタイミングで当番町の巡り会わせが来たというのは非常に光栄なことです。嬉しい反面プレッシャーもありますが、折角の機会ですのでここは恥じない形を大前提として「何とか成し遂げないと」という思いは強く持っています。現在大きな問題点となっている「後継者がいない、祭りの担い手がいない」という町の問題を解決できないまま、それでも少しずつ動き出したかなという感じはあります。ユネスコに登録されたことをきっかけに、そこを真剣に協議をして新たなスタートのきっかけにしたいと思います。そう意味ではいいタイミングだと思うのです。
市長 先日、関係者に集まっていただいて実行委員会の意見交換会をやりました。いろいろなご意見をいただきまして、まず組織のあり方についての準備委員会を作ることにしました。今、事務局で準備しています。オール那須烏山市でやる体制を築きたいなという思いは強いです。
棚橋 福田さんは世話人経験者で、また山あげの背景の山を描く和紙の製作者として、いかがでしょうか?
福田 島崎さんとは一回目の世話人のときの同期で、同じ筆頭世話人でした。その頃から今、島崎さんがお話ししたような問題はずっとありました。ただ現場で言っても上に上がっていかないようなところはありました。ユネスコに認めてもらえるような行事になり、たまたま今年度は人手不足が深刻な仲町さんが当番をされる。逆に仲町以外のところが当番町だとそういう話が上手く回転しないのかなという気持ちもありますね。仲町だから「山あげに対して、ああしなきゃ、こうしなきゃ」というさまざまな取り組みが出てくるような気がしますので、グッドタイミングで千載一遇のチャンスだと思います。
島崎 山あげは、今回ユネスコに登録された33件の「山・鉾・屋台行事」の中でも、非常に特異性がある行事です。ただ山鉾を引っ張っていくだけではない、見ていて非常に動きがあります。他とは面白みが違うと思いますね。それをもうちょっと上手にアピールできればと思います。アピール下手なんだと思うんですね。他で真似は絶対に出来ませんから。どこにどういう風に伝えるのか明確にして、「山あげ」は他にはない無二の行事だということを活かさないとダメだと思っています。お金と時間と人を集中してアピールしていく。海外からのお客様が見ても面白いと思いますから情報発信の仕方を議論して、その方策をつめていく。ユネスコ登録のこのタイミングを活かさないともったいないと思っています。
棚橋 「動く歌舞伎座」ですからね。黒子である若衆がスポットライトを浴びるお祭り。若衆制度はこの歳になってみて初めて人材育成のための素晴らしいシステムだったのだと思います。町のしきたりなどを教えてもらったり、今思えば教育システムだった。福田さんが鍛冶町の世話人の頃くらいから若衆がいなくなってきて、地元生まれじゃなくて他のところから集まってきて教育している若衆が結構な人数いる。みんな辞めないのは面白いからだと思います。
福田 上の人間は辞めないで続けてもらう努力をしていますし、やはり頑張っていると思います。面白くなかったら続かない、楽しかったからまた来年も参加しようと思います。そういう点は上の人間は気を使ってましたね。
棚橋 日本人特有の礼節とかをきっちり教えていて、「山あげの若衆を経験したら変わったな」と感じると思いますね。人間は達成感があると変わりますから、お祭りにはその達成感がある。
市長 今回ユネスコ登録された全国の「山・鉾・屋台行事」33祭礼行事の一つが烏山の山あげ行事ということですが、この中には京都の祇園祭も入っています。私は山あげの魅力は祇園祭以上だと思っているくらいです。世界でもこういうお祭りをやっているところはないですね。移動しながら野外歌舞伎、踊り、常磐津をプロを使わないで地場産業でやっているのですから。そこにお祭りの本当の価値があると思います。機会がある都度、PRや発信を仕掛けていきたいと思っています。
棚橋 現場のものとして従来どおりの山のあげ方ではだめになってきたように思っています。最近はJRの協力も得て観光客主導っていうんですか、JRの時刻に合わせた設営とか演出の仕方を、若衆たちの方でやっているようです。今回、仲町全体がお祭り広場になって、JR烏山駅から山あげ会館を経由して仲町まで、お客さまには良い動線なので、烏山線の運行時刻に合わせた無理のない演出方法をやってもらえば一番いいですね。
市長 一人でも多くの山あげファンというか、観光客に来てもらうようにと思っています。そして町のみんなで「おもてなし」をして、食べていっていただき、泊まっていっていただければ経済的にも効果をあげることができますので、そのことが町の究極の目的だと思います。
棚橋 食べるところがない、お金を落とすところがないのもキーワードの一つです。私たちは飲食店として「山あげユネスコ丼」を作ろうとなどという提案で、地元の素材を使って、味付けはそれぞれのお店で考えようというようなことをみんなで話しています。お祭りを見に来て楽しみの一つは食べることでもありますから、その辺りもみなさんで考えていければと思っています。
市長 今の話でいうと烏山地区のコロッケはカレー味が定番なんですね。そういった地域性があるわけだから、「山あげ丼」なり八溝そばなどこの地の食を提供するイートスペースは充実させたいと思います。
お祭りの際の苦情はいつも駐車場と食事処です。駐車場はいろいろなスペースを検討しています。シャトルバスも山あげ会館や竜門の滝などの観光スポットを周遊させようと考えています。観光に来ても足がないと。昨年もシャトルバスは評判がよかったですよ。合併記念のときに当番町の六町に屋台を出してもらったんですけど、その時は外国人に浴衣を着てもらった。屋台も引いてもらった。体験観光はかなり好評でした。そのようなことも考えていただくといいですね。
ユネスコ登録を記念して12月に開催された「冬の山あげ」
「ユネスコ無形文化遺産」登録決定
伝統工芸・伝統文化の次世代を担う子どもたちへの教育
棚橋 それでは、次に伝統工芸・伝統文化の次世代を担う子どもたちへの教育についてお話しを伺いたいと思います。
市長 烏山の山あげ行事は先人が作った伝統のある歴史文化、市民共有の財産でありますから、まちづくりを支える大きな要素になっています。子どもたちに歴史文化を学ばせるふるさと教育の推進に取り組んでいますが、小学校4年生の社会科の副読本の中にも山あげを入れながら、子どもたちの郷土教育、文化教育をしています。自然、野外活動、伝統工芸などさらに充実していかなければと思っています。
今日は福田さんもお見えになっていますが、和紙などの伝統工芸の継承もきわめて重要なことと思っています。山あげ行事がユネスコ無形文化遺産に登録されたことは、子どもたちにとっても大きな喜びでありますから、これを子どもたちに伝えて、愛着を持った郷土教育を、このことを契機に推奨していく必要があると感じています。ぜひ子供たちの教育については皆さんのご協力をいただいて支援策を一緒になって考えていただければありがたいと思っています。
また栃木県立烏山高校は「まちづくり研究会」の会員として市と共にまちの活性化に取り組んでいます。JR烏山線の利用向上であるとか、山あげの研究であるとか、特産品の開発とかやっていただいています。高校との連携は重要ですし意義があると思っています。また、29年度から烏山高校では那須烏山を考える地域学習「烏山学」がスタートします。地域社会を学び自らの進路選択に役立てることを目的に、宇都宮大学地域デザイン科学部の協力を得て総合的な学習時間などを活用して取り組むようです。「山あげ保存会」等の協力をいただきながら、総力でもって、那須烏山市の活性化が進んでいくことを期待しています。
棚橋 「烏山学」っていいですね、烏山高校自体が「烏山学館」という名前の私塾から始まっていますから、私財を投じて学校を作る先人達の教育に対する熱き思いがかなりある町ですね。それをしっかり継承していくのは私たちにとって重要なことですね。
市長 那須烏山市は偉人がたくさん輩出されています。オマーン大使をやられた神永善次さん、元日本経済新聞社社長の新井明さん、宇都宮大学の学長をやられた馬場信雄さんなど、それだけ教育には熱心だった。伝統の教育を子ども達に伝えていきたいです。
棚橋 ユネスコ登録を機に烏山高校の生徒たちにも実際に山あげを手伝ってもらえると面白いと思ますね。
市長 山あげには協力してくれてます。校長をはじめ担当の先生も学校自体が非常にやる意欲がございます。また高校生に和紙漉きを体験してもらったり、機会があれば高校で山あげについての講演をしてもらうといいですね。烏山高校は市にとって貴重な地域資源です。
棚橋 昔、仲町では美術部員の高校生に山あげの背景を描いてもらいました。一生懸命描いてもらって、ずいぶん手直しはしましたけれど面白かったですね。良い素材を持った子が必ずいると思います。
「まちづくり研究会」会員として活動する栃木県立烏山高校の生徒達
那須烏山市のみどころ
棚橋 みなさんに那須烏山市を読者の方へアピールしていただけますか?
市長 やはり何といっても島崎酒造さんの洞窟酒蔵と伝統工芸の烏山和紙です。これが双璧です。島崎酒造は嘉永2年の老舗の蔵元で、第2次世界大戦末期の戦車を製造するために建造された地下工場跡がある洞窟を貯蔵庫にしていますが、今一番のスポットです。そして烏山和紙で一番評判がいいのは紙漉き体験です。ぜひ市内外、国内外から来てもらって日本の伝統文化の烏山和紙の「ものづくり体験」を味わっていただきたい。観光の目玉スポットにしていきたいです。非常災害相互応援協定を結んでいる豊島区の副区長に体験していただいたのですが、その時に和紙のPRをしましたら「透かし入りが素晴らしい」と小中学校の卒業証書以外にも区の表彰状に使用したいと言ってました。烏山和紙を守り、充実させていくためには後継者も作らないといけませんから、市としては支援していきたいと思っています。
棚橋 終戦後、第一回目の衆議院議員選挙の全国の投票用紙が烏山和紙だったんですよね。
福田 程村紙という烏山で作られた紙が投票用紙になりました。「投票用紙は程村紙または西の内紙(茨城県常陸大宮市西野内産)を使用せよ」と国からのお達しが短期間でしたけど出てました。家に東京都ではなくて東京府の発注書と見積もり依頼書が残っています。宮内庁歌会始の懐紙も納めていました。烏山の和紙が残ったのは他と違う紙を作っていたからですが、全国に残ってる和紙は、みんな違う種類を作ってるということです。競合してないから全国各地にバラバラ残っています。極端な話で言いますと、烏山和紙は厚くてしっかりしてるのが特徴でここでしか作れないから私の所に買いに来るのです。逆に、お客さまにこういう(烏山和紙とは紙質が違う)紙が欲しいと言われたとき、私の所にはないから別の所で買ってくださいと言うより外ありません。
後継者も問題ですが、道具や材料もリンクしてるので後継者だけ育てても成り立たない。一体的に考えないと何もならないですね。今は、建築関係などからの要望もあり和紙もいろいろな使い方をされています。
島崎 私の所も創立170年になりますが、全国に酒蔵は1200蔵くらいあり、栃木県でも30蔵以上あります。そういった中で特色を出していくのに苦労しているところはあるのですが、日本酒はおいしいのが当たり前、そこでどう個性を出していくのかがポイントになっています。
そんな中で先代が何を思ったか日本酒を寝かしてみようと、昭和45年から長期熟成を始めたんですね。47年分毎年それぞれの年につくられた大吟醸があるんです。それだけでもいいものを残してもらったのですが、それプラス洞窟という地元にいいものが残っていましたので、平成11年から使わせてもらっています。自社の蔵が手狭になったときに、先代が洞窟があることを覚えていて熟成させるにはいい環境でしたので本腰を入れてやってみようということから始まったのです。
先代がやってきたことと市に残っていたものが合致しまして、差別化、独自化については面白いことやってる酒蔵としての情報発信になっています。
これから2020年のオリンピックのときにちょうど50年、半世紀分の大吟醸が揃うんです。恐らく日本ではそういうものが他にはないと思うので、多くの方に来ていただけるように、いま「2020年プロジェクト」を仕掛けて情報発信して繋げていけるような計画をしています。
福田 そしてやはり「山あげ祭り」です。当番町ごとに祭りの仕方が少しずつ違う「山あげ」ですから、そういうところまでじっくり見てもらうと6町内あるので6年間楽しめます。
市長 また、八溝そば、JR烏山線、竜門の滝、烏山城跡などたくさんの観光スポットがあります。烏山城は平成30年に築城600年を迎えますので「六百年祭」を企画しています。山あげのユネスコ文化遺産登録を機に、那須烏山市の発展のために、これまで以上にみなさんと一緒に頑張りたいと思います。
棚橋 今日は、市長さんをはじめ、福田さん、島崎さん、お忙しいところをお集まりいただきましてありがとうございました。今後とも那須烏山市のためにお力添えをよろしくお願いいたします。
烏山和紙会館
紙漉き
和紙の作品
島崎酒造
洞窟の入り口
洞窟内部
洞窟内の試飲コーナー
「八溝そば」を提供する老舗割烹「松月庵」
風土が育んだ香り高い「八溝そば」(松月庵)
そばまつり
JR烏山線
烏山城跡
烏山城跡
龍門の滝
熊田太々神楽
熊田太々神楽(巫女舞)
興野獅子舞
宮原太々神楽
森田獅子舞
下境のささら獅子舞
塙の天祭
左から棚橋氏、福田氏、大谷市長、島崎氏。鼎談を終えて
構成:ビオス編集室(2017年1月27日取材・撮影)