大久保寿夫市長
大久保雅道氏
諏訪ちひろ氏
渡邉靖久氏
「思川桜」に染めた匠の技
大久保 本日はお忙しいところをお時間をいただきましてありがとうございます。小山市の伝統工芸品の工芸者「下野手仕事会」の3名で市長様を訪問させていただきました。
市長 よくいらっしゃいました。みなさんにはいつも小山市の伝統文化の維持、発展のためにご尽力くださり、ありがとうございます。
大久保 はじめに、私たち手作りの伝統工芸の作品を市長様にお贈りさせていただきます。私は下野手仕事会会員の革工芸者とコラボしてつくりました「思川桜」で染めた結城紬の名刺入れをお持ちしました。結城紬と鮫皮ではじめてコラボしたのですが、今、大変注目されています。
諏訪 私は「思川桜」で染めた和紙で作った「下野しぼり」の人形です。小山市のキャラクター「政光くん」と「寒川尼ちゃん」をイメージして制作しました。小さな思川桜もひと花づつ作らせていただきました。
渡邉 私は「思川桜」で染めた間々田ひもの羽織紐をお持ちしました。市長様にお似合いの色かと思います。偶然にも3人とも「思川桜」の染めの作品となりました。
市長 これはこれは、3人ともお揃いで小山のブランド「思川桜」染の作品ですね。ありがとうございます。小山市にとって、このように貴重な伝統文化が守り受け継がれていることは、大変嬉しいことです。匠たちの技による素晴らしい作品ですね。この部屋に飾って来客の方々にも見ていただきたいと思います。大事にさせていただきます。ありがとうございました。
市長に作品を贈呈(大久保)
結城紬
市長に作品を贈呈(諏訪)
下野人形
市長に作品を贈呈(渡邉)
間々田ひも
「開運のまち おやま」
大久保 国内外で読まれている今回のビオス電子版の読者のために、小山市の歴史を少しお話していただけますか?
市長 そうですね。小山市に生まれ育ったみなさんはご存知かもしれませんが、小山市の歴史には日本の行く末を決定付けた2つの史実があります。第一は、鎌倉幕府の成立に道筋をつけた「野木宮の合戦」です。平安時代中期の「平将門の乱」を鎮めたことで有名な藤原秀郷から七代の子孫に当る政光が、12世紀の中頃に「小山」を名乗り、関東の雄、小山氏の歴史が始まりました。小山氏は政光の妻・寒川尼が源頼朝の乳母であったよしみにより、源平の戦いで、いち早く源氏方に参陣しましたが、関東の有力武士団小山氏の源氏方への参陣は、関東武士団の源氏方参陣への大きな流れをつくるものでした。
寿永2年(1183)頼朝に立ちはだかった常陸国の志田義広(頼朝の叔父)を政光の長男朝政が野木宮で迎え撃ち、これを敗走させました。この戦いは、関東に残る反頼朝勢力を消滅させ、頼朝が関東の地盤を磐石にし、勇躍西上し、平家打倒に向かわせる節目となった重要な一戦でした。それはまさに、鎌倉幕府成立の栄光に道筋をつけた、「開運」の戦であった訳です。
渡邉 そういうことですか。「開運のまち おやま」と言われる所以の史実の一つですね。
市長 そうです。寒川尼は文治3年(1187)、頼朝から「大功」ありと賞され、女性ではめずらしい地頭に任命されています。この後、小山氏は鎌倉幕府の有力な御家人となり、北関東屈指の武士団として、400年にわたって栄えることとなるのです。国史跡祇園城跡、鷲城跡、中久喜城跡をはじめとして、市内には長福城跡、天翁院、須賀神社など、小山氏ゆかりの史跡が数多く残っています。
諏訪 この時代に女性がこのように評価されたのは嬉しいですね。現在小山市には、女性が活躍する場がたくさんありますね。
市長 小山市は平成13年、県内初の「男女共同参画都市」を宣言しました。市の職員の方で責任ある立場に就いて活躍している女性がたくさんおります。これからも大いに女性の活躍の場を広げていきたいと思っています。
政光・寒川尼像
天下分け目の「小山評定」
市長 「開運のまち」といわれる第二は、江戸幕府成立に道筋をつけた「小山評定」です。徳川家康は、慶長5(1600)年7月24日、上杉景勝を討伐するために、会津に向かっていた途上、下野国小山に本陣を置きました。その時、石田三成挙兵の報が入り、翌25日、急遽家康は本陣に諸将を招集して軍議を開き「このまま上杉を討つべきか、反転西上し、石田を討つべきか。」を質したのです。これが世にいう「小山評定」です。家康に従う諸将のほとんどは豊臣家譜代の武将で、大阪に妻子を残してきており、その去就が家康にとっては攻防の境目だったのです。
このとき、尾張国清洲城主の福島正則が家康のために命を投げ出すことを誓い、続いて遠州掛川城主の山内一豊が、「家康に城を明け渡してまでもお味方いたします。」と進言しました。一豊らの建議が諸将の気持ちを動かし、家康支持で固まったのです。家康は特にこの時の一豊の建議を、「古来より最大の功名なり。」と激賞しました。こうして家康率いる東軍は、石田三成討伐のため西上することに決したのです。そして、9月15日、美濃国関ヶ原に、東西両軍約20万の大軍が相まみえて天下分け目の一大決戦が行われ、東軍が勝利したのでした。関が原の戦の直接の勝因は、西軍小早川秀秋らの土壇場での寝返りでしたが、西軍は当初から足並みが揃っていなかったのに対し、東軍は結束しておりました。東軍にこの結束をもたらしたのが「小山評定」でした。
大久保 もし、「小山評定」がなかったら、東軍は結束することができたでしょうか?このようにしてみると、家康が勝利を収めたのは関ヶ原の戦いであっても、その栄光の道筋は、小山からはじまったと言ってもいいのですね。すごいことですね。
市長 そうです。『天下分け目の関ヶ原』とよく言われますが、実は、『天下分け目の小山評定』だったのです。戦国乱世に終止符を打ち始まった泰平の世、徳川300年は、私たちのふるさと、この小山市から始まったと言えるのではないかと思います。まさしく本市は、鎌倉・江戸と二つの幕府成立に栄光の道筋をつけた「開運のまち」と言えるでしょう。
小山評定跡
小山評定劇
ユネスコ無形文化遺産と伝統工芸
大久保 小山市において、伝統工芸・伝統文化等と次世代を担う子どもたちの関わりや、学校教育に取り入れていること、伝統文化の継承方法などについて教えてください。
市長 伝統工芸では、小山市が世界に誇る宝である「本場結城紬」が2010年11月16日、世界のユネスコ無形文化遺産に登録されました。本場結城紬は、全ての工程を手作業で行う世界で唯一の絹織物で、軽くて温かいのが特徴です。大久保さんたちが本当に頑張ってくださっておられるおかげです。
大久保 ありがとうございます。そう言っていただいて励みになります。
市長 一昨年は、「本場結城紬振興5カ年計画」に基づき、展示・体験できる拠点施設「本場結城紬クラフト館」をオープンさせるとともに、女優の名取裕子さんにもご出演頂き、ユネスコ無形文化遺産に登録以来毎年開催している「小山きものの日」を開催しました。「小山きものの日」は2017年は、女優の岩下志麻さんにご出演いただき開催しました。一方、本場結城紬の主要産地である絹地区では、2017年4月に延島小・福良小・梁小と絹中を統合し、子どもたちが義務教育9年間を過ごす県内初の「絹義務教育学校」を開校しましたが、絹義務教育学校では、ふるさと学習の教材として絹地区の伝統的な産業である本場結城紬を教材として、9年間、本場結城紬を学習しております。
本場結城紬は先にも申し上げたとおり、全ての工程を手作業で行いますので技術伝承が必要ですが、近年、担い手の高齢化や後継者不足で技術伝承が危ぶまれております。
このため小山市では、2014年から、伝統工芸士などの下で技術を習得し後世に伝える役割を担う「紬織士」の採用制度を設け、同年に1人、そして今年2人目を採用いたしました。2人とも、技術習得に意欲的に励んでおり、1人目の紬織士は、昨年の秋に4年間で23の全工程を1人でこなして反物を完成させることができるようになりました。
大久保 私たち栃木県の伝統工芸者たちはいつも後継者問題に悩まされていますので、このような市をあげてのバックアップは大きな力となります。
市長 さらに、「1生産基盤・体制の強化」、「2魅力の向上・発信」、「3販路開拓・流通改革」、「4後継者育成・確保」、「5和装文化再興」、「6連携・ネットワーク」を取り組みの柱とする「第2期小山市本場結城紬復興振興5カ年計画」を、今年3月に策定しました。
これからも、本場結城紬の復興振興に、総合的かつ戦略的に取り組んでいくこととしています。
また、諏訪さんは、小山市の伝統工芸の「下野しぼり」の、小山市無形文化財技術保持者に認定されていらっしゃいます。
そして諏訪さんは、毎年7月第1日曜日に、下野しぼり和紙で作る下野人形(しもつけひとがた)に願いを託して思川に流す、「流しびな」の主催もされていらっしゃいますね。
諏訪 はい。下野しぼりは和紙を加工する技法で、色、模様を付けた和紙を「型紙にはさむ」、「巻く」、「締める」、「しぼる」を数回繰り返し、仕上げまでに1週間くらいかかります。「しぼり紙」は「悪をしぼり出す」と言われており、このことが、流しびなの人形(ひとがた)に下野しぼりが使われている理由ではないでしょうか。
また、「流しびな」の風習は途絶えていたのですが、60年前に父と母が復活させたそうです。日本紙人形会会員が全国各地から集まって下野人形を思川に流す行事として続けてまいりましたが、今は、大久保市長の肝入りで小山市観光協会や有志の皆さまの協力で市民参加者が増え、小山の夏の風物詩となっています。
市長 諏訪さんと、諏訪さんのご両親のおかげで、今の「思川の流しびな」があるわけですね。
また、渡邉さんが受け継いでいる間々田紐では、一昨年のNHK大河ドラマ「真田丸」に直江兼続役で出演された小山市出身の俳優 村上新悟さんが、イベント出演の際に本場結城紬の和服と、間々田紐で作られた羽織の紐、そして革と間々田紐で作成されたブレスレットを着用して出演されていましたね。
渡邉 はい。間々田紐は手組みの日本古来の紐で、昔は武士の冑の緒や下げ緒などとして、今は、男性女性の羽織紐や女性の帯紐、ループタイなど多種多様に用いられています。そして、市長のおっしゃったとおり、村上新悟さんがイベントで、身に着けてくださった革と間々田紐のブレスレットをご紹介してくれたそうです。
そのイベントに参加された方々から、一気にたくさんのご注文をいただきました。
手仕事は多くの人に支えられてつながっている伝統工芸です。本当に嬉しく感じました。
市長 村上新悟さんが出演したイベントには、私も参加しておりましたが、後日談として、そのようなことがあったのですね。私も本当に嬉しく思います。
市としても、より一層、小山の伝統工芸や伝統行事のPRをしていきたいと思います。
クラフト館オープン
クラフト館内
下野人形(流しびな)
流し雛(昭和50年)
思川の流しびな
きものの日
おやまブランドとラムサール条約
諏訪 小山市が全国に誇る「名産品」を、読者のために教えていただけますか?
市長 小山市は平成13年、県内に先がけて「小山ブランド創生」運動を開始しました。小山市が全国に誇る名産品には、小山ブランドに認定されている高品質な「おやま和牛」、全国トップクラスの生産量を誇る「はとむぎ」などの農畜産物もございますが、特に、全国・世界に誇れる素晴らしい「3つの宝」が小山市にはあります。そのうち、1つ目の宝は、先に申し上げた2010年に世界のユネスコ無形文化遺産に登録された「本場結城紬」です。
諏訪 「はとむぎ」はお茶として市販されていますね。お肌もきれいになるという健康美容茶ですから、私も毎日飲んでおります。
市長 それは、それは、どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。
小山市では市民がいきいきと元気に暮らせるまち、健康長寿100歳を目指し、「健康長寿 はとむぎ 100歳を目指すプロジェクト」を立ち上げました。平成30年度の内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の次世代農林水産業創造技術の開発研究に小山市のはとむぎが選定され、現在、20~64歳の健康な男女が毎日はとむぎ茶等を飲用する本試験が進行中です。
今回の研究では、はとむぎの健康維持に係る血中の悪玉コレステロール減少や体内に進入した細菌を捕食する貪食細胞の活性化などの「免疫機能強化」が確認されれば、はとむぎが免疫力の向上に役立つことが実証されたことになります。そしてこのことは健康増進だけでなく、市の特産物をPRする追い風にもなります。はとむぎで健康長寿を伸ばすことで、介護給付費や医療費の減少にもつながります。最終的な試験結果やはとむぎ摂取による効果は、著名な講師による講演会においてお知らせいたします。
渡邉 小山市には他にも宝があるのですね。
市長 そうです。2つ目の宝は、2012年に世界のラムサール条約湿地に登録された「渡良瀬遊水地」です。総面積3300ha、東京圏を洪水から守る、我が国最大の治水の要であるだけでなく、希少な動植物の宝庫でもあります。市では、賢明な活用の「3本柱」として、第1に「治水機能の確保を最優先としたエコミュージアム化」、第2に「環境にやさしい農業を中心とした地場産業の推進」、第3に「コウノトリ・トキの野生復帰」を推進しております。その成果として2014年から、5年連続で、国特別天然記念物の「コウノトリ」が飛来しており、特に、今年2月17日、飛来した千葉県野田市で放鳥された雄3歳のコウノトリ「ヒカル」君は、小山市が初めて渡良瀬遊水地内に2月23日に設置した、高さ約12,5メートルの人工巣塔の柱の頂上部に設けられた、直径約1.6mのすり鉢状の巣台に、枯れ枝や枯れ草を運ぶ、巣作りを始めました。
渡邉 コウノトリは湿地や水田のカエルやドジョウ、小魚、昆虫などが餌ですね。小山市の湿地再生・保全活動や環境にやさしい無農薬・無化学肥料の「ふゆみずたんぼ米」などの生産により、カエルやドジョウ、小魚、昆虫が増えてきたんですね。「ヒカル」君はわたしも目撃しています。素晴らしい小山市の宝ですね。
市長 そうですね。その後、「ヒカル」君は、遠出をしてもこの巣に戻ってきており、6月に入っても人工巣塔での“滞在”(*)が確認されています。小山市では、「営巣場所」、「餌場の拡大」を目的として、渡良瀬遊水地周辺の水田でカエルやドジョウ、小魚、昆虫が生息し、餌場となるよう、無農薬・無化学肥料で、冬にも田に水を張る「ふゆみずたんぼ」、減農薬・減化学肥料の特別栽培米「生井っこ」の生産に取り組んでいます。コウノトリは豊かな生態系が保たれていることを示す象徴であり、コウノトリの野生復帰を支える地域の人々の努力に感謝するとともに、この取り組みを持続・拡大して、「ヒカル」君にパートナーを迎え、野生でヒナが誕生し渡良瀬遊水地を飛び回る環境づくりに努めてまいります。
大久保 私も遊水地には県外の友人を案内するために時々行っています。丁度良いハイキングコースにもなっていますが、まさに小山市の宝ですね。
市長 小山市は、渡良瀬遊水地の自然資源のみならず、周辺の人々の暮らしや文化的資源(産業・歴史・文化など)を組み合わせ、体験型の観光地域化、第二の「尾瀬」を目指しています。
7月に入っても人工巣塔に滞在中
渡良瀬遊水地のヨシ焼き
おやま和牛
はとむぎ
人工巣塔にとまるコウノトリ「ひかる」
枯草を運び巣作りするコウノトリ「ひかる」
幼稚園児に愛嬌をふりまくコウノトリ「ひかる」
小山の「人」が宝
市長 3つ目の宝は、小山の「人」です。リオ五輪で金・銀・銅の3個のメダルを獲得した競泳の萩野公介選手、ロンドン・リオ五輪と2大会連続となる銅メダルを獲得した柔道の海老沼匡選手、さらに、男性2人組ボーカルユニット「C&K」のCLIEVYさんや、ドラマなどで活躍中の俳優 村上新悟さんをはじめ、大相撲の貴源治、貴公俊、白鷗大学出身から阪神タイガースに入団した大山悠輔選手、栃木ゴールデンブレーブスの選手たちと、多くの若者たちが、この小山の地から全国・世界という大舞台に羽ばたき活躍しています。
そして、みなさんのような伝統工芸の文化を継承してくださる工芸者の方々が地道な努力で小山市の伝統文化を支えてくださっています。どうぞ健康に気を付けてお仕事に励んでください。そして何よりも、すべての小山市民こそ小山市の宝です。これからも小山市は、豊かな「自然」、古い「文化と歴史」、優れた「人」という「宝」を大切な資源として活用し「豊かで活力があり暮らしやすい小山」を創っていきます。
大久保・諏訪・渡邉 本日はお忙しいところを本当にありがとうございました。これからも市長のご活躍を応援させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
座談会を終えて
構成:ビオス編集室(2018年6月18日 小山市にて取材・撮影)