アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「ビオス電子版スペシャルトーク」No.6

「農村文化を掘り起こす」―市貝町 入野正明町長 × 大畑耕雲「武者絵の里大畑」当主・下野手仕事会相談役―

栃木県内では22番目の道の駅として「サシバの里いちかい」が4月20日、市貝町の芳賀・市貝バイパス沿いにオープンしました。サシバはタカ科の渡り鳥で、里山の多様な生き物と豊かな自然環境の指標とされています。サシバの生息密度が日本一といわれる市貝には、豊かな里地里山が残されています。この豊かな自然をベースに、環境と経済が両立する「サシバの里」づくりに取り組む入野正明町長と、「武者絵の里大畑」三代目当主で栃木県伝統工芸士の大畑耕雲(英雄)氏が、市貝町の魅力やまちづくりについて語り合いました。

自然環境を保全しながら地域の経済を回していく

大畑 忙しい中、対談の時間をつくっていただき、ありがとうございます。まずは、市貝町の魅力について話していただけますか。

入野 市貝という町名は、昭和29年のいわゆる昭和の大合併の時に、南部の市羽村の「市」と北部の小貝村の「貝」のそれぞれ一文字をとり合成したものです。お隣の芳賀、茂木、益子の町名は豪族の名前で、『太平記』や軍記物にも出てきますから、栃木県内では浸透している名称です。それに比べ「市貝」という町名はなじみにくい町名かもしれませんが、魅力がたくさんある町です。

関東平野が八溝山地にぶつかる、ちょうど平場と中山間地との境目にありまして、面白い地形であるうえに、希少な生物がたくさんいます。いろいろ調べてみると歴史的にも、自然環境の上でも、いろんな魅力がたくさん詰まっているところです。

例えば、今、町で売り出しているサシバブランドです。私自身、2012年に本町で開催された「サシバの里シンポジウム」で、ゲストとして参加された俳優で日本野鳥の会会長の柳生博さんに話を聞くまで、サシバ自体、まったく知りませんでした。

NPO法人オオタカ保護基金代表の遠藤孝一さんにパネリストとしてシンポジウムへの参加を要請されまして、シンポジウム会場の控室で柳生さんにお会いしました。柳生さんは私に「サシバが営巣するのに市貝町は日本一の環境です」と言われました。

サシバは多様な生き物と豊かな自然環境が残る里山に生息します。市貝には、サシバの餌となる蛇やカエルがたくさん生息し、食物連鎖の豊かな生態系が残されています。なぜかと言うと、市貝町は篤農家が多く、薪炭材の伐採や下草刈りなどの手入れをきちんとやって里山を整備してきたからからです。柳生さんは「市貝町は、サシバの営巣の密度は日本一。先祖が営々と築いてきた里山、クヌギ林などの二次林を荒れた山にしないで、守っていく責任があなたたちにはある」と言われました。それが、サシバの里づくりを始めるきっかけです。

大畑 私もシンポジウムを聞きしましたが、町長が「サシバの里づくり」を打ち上げたきっかけはそういうことだったのですね。

入野 私自身もはじめは結論を出せませんでしたが、柳生さんが「サシバと共に暮らす町づくり、自然環境を保全しながら地域の経済を回していく」ということを、シンポジウムの場で誓えと、一生懸命、私に合図を送ってくるんです。柳生さんは「俺が支援するから」とも言われたんです。そこまで言われたからには、私も決意しました。

大畑 サシバが生息するということは、豊かな自然が保全されているし、そこでとれる農産作物は安心、安全であるということの象徴でもあるわけですよね。

入野 安心、安全な環境で生産された農作物として付加価値を高め、他と違うということで差別化ができます。サシバが生息する環境には、安心、安全な農作物を生産できる豊かな農村環境があるんです。サシバが教えてくれた一つの発見ですね。町でできた農作物や、それを原料とした加工品を「サシバの里」ブランドとして売り出していきたいと考えています。

市貝町を訪れた人は、下草が刈られ、クヌギやナラの林も手入れされた里山を見て、とてもきれいと言ってくれます。特に、コウノトリとともに暮らすまちづくりを進めている兵庫県豊岡市で、長年まちづくりに携わった方から「市貝町の里地里山は完成品です」と言っていただいたことで、自信を持ちました。食べ物は安全で美味しい。美しい里山が展開する豊かな自然。市貝町の魅力です。

入野正明町長

大畑耕雲「武者絵の里大畑」当主・下野手仕事会相談役

『サシバの里物語 市貝町とその周辺の里山の四季』

市貝町の魅力について語る入野町長と大畑氏

「サシバの里シンポジウム」でのパネルディスカッション。右から2人目が入野町長、3人目が柳生氏

道の駅によって町が大きく変わる

大畑 新しく道の駅ができました。既に茂木と芳賀に道の駅があります。その間になるわけですから、「市貝ならでは」、というものにしたいですよね。どのような道の駅にしたいと考えていますか。

入野 道の駅の名称は「サシバの里いちかい」です。茂木や芳賀、周辺の道の駅のように地名ではなくて、せっかく「サシバの里」と入れたのですから特徴のある道の駅を作ろうということで、自然観察や農業体験ができる道の駅にしようと考えています。

大畑 貸し自転車を置いて、サイクリングロードをつくることを考えているのですか。市貝町のいろいろな名所旧跡、自然を見て回るにしても貸し自転車があるといいですよね。ロードマップみたいのものを作るのもいいと思います。自然観察や農業体験ができるというのは、具体的にどういうことですか。

入野 道の駅のまちおこしセンターで町の情報が分かるようになっています。そこで、解説者の方から町のことを聞き、それから自転車で町を巡ってもらうというようなエコツーリズムのイメージです。これが自然観察型です。道の駅を起点に各所を巡る「町まるごと博物館」を目指します。

年間30万人の方が訪れる芝桜公園や、大畑先生のところの武者絵資料館などを見ていただくことができます。大畑先生については、栃木県無形文化財技術保持者の指定に向けて申請していますし、武者絵についても「赤穂浪士の討ち入り装束を染めた」という伝承など、武者絵にまつわるストーリー、背景を打ち出してPRしていくこもと大切だと考えています。

農業体験型もポイントです。道の駅の北側にビニールハウスを建てて、そこでスイカとかメロンとか、都会の人が喜ぶようなものを作って農業体験をしてもらう、それが農業体験です。

それから、観音山梅の里では貸し農園を計画していますので、そことも連携していくことを考えています。梅の里を運営する観音山梅の里づくり協議会は、昨年、豊かなむらづくり全国表彰事業で農林水産大臣賞を受賞しています。梅の里には、カタクリも自生していますし、野生絶滅や絶滅危惧の貴重な植物を見ることができます。

サシバの里でできる安全で美味しく、栄養価の高い食材を学校給食に提供し、食と農の教育を押し進めていくとともに、高齢者のみなさんには働くことのいきがいづくりと、農業を通じた健康づくりも考えています。

大畑 道の駅を情報発信の基地にして、そこを起点にいろいろな場所に行けるルートを整備していくというイメージですね。私のところも、武者絵の体験館をつくろうかと思っています。

入野 いいですね。町の南の方には日光開山の勝道上人が育った伊許山という場所がありますが、そこから“サシバロード”ということで、伊許山、観音山、そして武者絵資料館まで自転車で回れます。

大畑 伊許山の近くには多田羅沼もありますね。温泉もあります。

入野 多田羅沼は、湧水を利用した古い灌漑用の人工池で、平野には珍しい食虫植物が見られます。絶妙な自然のバランスが保たれており、栃木県第1号の自然環境保全地域に指定されています。沼を見に来られた宇都宮大学の先生は「平地に高山植物や湿生植物が生息しているのは極めてめずらしく、ヨーロッパの世界遺産に関わりのある先生に見ていただいたところ、劣らない価値があると評価しておられた」と言っていました。モウセンゴケやシラサギ草が自生しています。

大畑 市貝町には町長が言われるように誇れるところがたくさんあるんですよ。サイクリングで回りながら農業体験し、最後に市貝温泉で汗を流すというコースもいいんじゃないですか。

入野 芝桜のPRで毎年、東京で記者会見を開いているのですが、必ず質問されるのが「食べるところ」についてです。「市貝町は見るところは沢山あるけど、食べるところはないのか」と言われて頭を抱えてしまいました。そうすると「今は女性が旅行の主流。女性に喜ばれる食事のできる場所を作った方がいい」って言われました。それで、道の駅に食事ができる「ふれあい広場」をつくることにしたんです。

大畑 町の特産の食材を使ったメニュー、「市貝ならでは」のものができれば一番いいですね。道の駅によって町全体が活性化され、元気と活気にあふれた市貝町に発展することを期待しています。

「道の駅サシバの里いちかい」のオープンで挨拶する入野町長(2014年4月20日)

栃木県知事福田富一氏をはじめ来賓によるテープカット

「道の駅サシバの里いちかい」

道の駅にある「サシバ」のコーナー

東日本大震災からの復興

入野 バイパスもできて道が良くなりました。宇都宮から30分で来られます。アクセスがいいですから、どんどん移り住んでいただきたい。

バイパスの近くに「みどりの森ICHIKAI」という分譲地があるのですが、この分譲地の宅地50区画を開発業者から無償で提供していただき、東日本大震災で被災した福島県民へ無償譲渡する取り組みを始めます。譲渡対象者は、福島県内在住、あるいは福島県から避難している被災者で、譲渡条件は市貝への転入と5年以上の定住の2点です。

大畑 住宅地としては、いいところですね。仕事も斡旋するのですか。

入野 先日、福島の被災地におじゃましたのですが、向こうの方も仕事のことをおっしゃっていました。「土地は無償で提供します」と言うと、年配の方は、非常に魅力を感じたようですが、若い人からは「仕事はありますか」と言われました。道の駅ができますから、それに関連して、六次産業やコミュニティビジネスなど、いろいろな仕事も生まれてくるというような話をさせていただきました。私が一生懸命、仕事を斡旋しようと思っています。町の関連施設で雇えないかと考えています。

大畑 近くに工業団地もありますしね。県央への交通の利便も良いので人口増加の要因になると思います。

入野 学校はすばらしいですよ。市貝中学校は震災で被災し建て替えましたが、日本一の設備です。大階段やエレベーターがあります。太陽光発電もあって空調も完備しています。

大畑 震災で校舎は崩れたけれど、だれも被害にあわなかったそうですね。

入野 「あれは奇跡だ」と言われました。一瞬で逃げ出すことができました。生徒は全員、無事でした。先生の判断が良かったのです。

大畑 市貝中の生徒は日本一挨拶ができる中学生です。私たちが道で会うと、「こんにちは」って大きな声で挨拶してくれます。これはすばらしいと思いますね。市貝は、人柄も魅力の一つでしょうね。転勤などで市貝町に来た人から「市貝町はいいところだね。居心地がいいから、ずっとここに居たい」と言われることがあります。いい町だと思いますよ。

地域が生き残るための仕組み、装置を仕掛けていく

大畑 東日本大震災で被害にあって、これまで大変だったと思いますが、これから市貝町をどういう町にしようと考えていますか。

入野 「サシバの里づくり」はようやく計画ができたところで、これからが正念場です。少し大きな話になってしまいますが、いずれは道州制という大きな流れに巻き込まれていくのでしょうが、その中で市貝町が、町というよりも地域が生き残っていくためにどうしたらいいのかということをずっと考えています。

道州制になれば市貝町という名前や境界も消えるだろうと思いますが、先ほどから話に出ていますように市貝町には一生懸命地域づくりに取り組んでいる観音山梅の里づくり協議会や「市貝町芝ざくら公園」を管理している芳那の水晶湖ふれあいの郷協議会、多田羅沼を保全する協議会というような協議会ができています。それから伊許山の周辺を整備する自治会もできています。道州制で町が消えても、そういう地域が残っていけるようにするためには、どういう自助自立の仕組みや装置を仕掛けていけばいいのか、いま、考えているところです。

その中で考えられるのは、協議会や自治会が自分たちで地域にある宝を探して、それを売り出していく。地域で経済を循環させる。そのための計画をつくる場合は町もアドバイザーとして加わり、できたときは補助金を出して自立させていく。そうすれば、道州制とか合併とかになっても地域は生き残っていくと思うんです。

大畑 町に依存するんじゃなくて町民自ら積極的に町づくりに参画し、活性化につなげていくことが必要ですよね。

入野 自立できる地域づくりです。そのために、やっと計画ができたところです。これからそれを実行に移していくのですが、私たちがその際に忘れちゃいけないのは、サシバが生息する豊かな環境をちゃんと保全してくことです。このすばらしい環境を維持していくためには、経済的に潤ったときはその益金の一部は保全基金に充てるというような考え方が大切でしょう。地域地域がそれぞれ自立した組織を目指していく。そしてそれらの地域をまとめていくのが“サシバ”だということです。

サシバが頭上で飛び交う「武者絵の里」を訪ねた立松和平氏長女、作家・イラストレーターの山中桃子と

「武者絵の里大畑」の武者絵のぼり

市貝町の名所「芝ざくら公園」

都市との交流でまちの魅力を再認識し、農村文化を掘り起こす

大畑 文化の香りのあるまちづくりも大切にしたいですね。芸術文化も心豊かな生活を送る上では必要です。

入野 里山は人為の自然です。人が手入れすることで守られてきました。その担い手がいなくなれば荒廃していきますから、関心ある人を都会から呼んできたり、町を出ていった若者たちが戻ってきて農業や農村の生活の中で培われた文化を引き継いでいく。先日、人形浄瑠璃の公演がありました。大畑先生の武者絵もそうですが、農村文化を掘り起こし、継承していかなければと思っています。

意識を変えて、行動をしていくというときに鏡になるのは、都市と農村の交流です。地域にいては気づかないことを、他所から来た人に教えられる。外の目で評価されると自信と誇りが生まれてきます。文化を掘り起こして継承していこうという気持ちが出てくるのです。

大畑 市貝町の魅力あるまちづくり、よろしくお願いします。きょうは、ありがとうございました。

入野町長と大畑氏。対談を終えて

(構成:ビオス編集室)