アートセンターサカモト 栃木文化社 BIOS編集室

「ビオス電子版スペシャルトーク」No.7

「伝統文化とその役割」―宇都宮市 佐藤栄一市長 × 小川昌信 ㈲ふくべ洞代表取締役・下野手仕事会理事―

栃木県宇都宮市の郷土玩具「黄ぶな」は、まちの唯一の民芸品として江戸時代からつくられ受け継がれてきた。今ではJR宇都宮駅から5分ほど歩くと左手に看板が見える老舗「ふくべ洞」一軒のみが作っているにすぎない。作り手は伝統工芸士の小川昌信さんである。

1999年11月に、小川さんと出版社アートセンターサカモトの発案で、絵本『黄ぶな物語』(立松和平作・横松桃子絵)が発刊された。宇都宮市が生んだ作家「立松和平」が精魂込めて書き上げた「こどもたちのため」の文学である。絵は当時22歳の立松氏の長女、イラストレーター横松(現・山中)桃子さんが、シュールな透明感のある絵で仕上げていた。2010年2月に立松氏が急逝。20世紀~21世紀を駆けぬけた作家「立松和平」は多くの人々に惜しまれながらこの世を去ってしまったが、次世代のこどもたちに愛する故郷の民芸品をモチーフに文学作品『黄ぶな物語』を残してくれた。

佐藤栄一市長と小川昌信さんの対談(2014年8月29日)は「宇都宮市の伝統文化とその役割」を中心に、さまざまな思いを語っていただくことになった。対談があることを知った山中桃子さんは、『黄ぶな物語』『アユルものがたりー那須のくにのおはなしー』の絵本を、また、作家水樹涼子さんは、桃子さんの挿絵による児童書『こだまを抱いてー白樺とキジバトの物語』を、それぞれ出版社に託して市長に手渡された。

佐藤栄一市長

㈲ふくべ洞代表取締役・下野手仕事会理事 小川昌信氏

地域の伝統文化の役割としての「黄ぶな」

佐藤 小川さんの楽しい声が聞こえました。今日はよろしくお願いいたします。

小川 こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。はじめに、黄ぶなの由来について少しお話させていただきます。昔、天然痘が流行った時に、黄色い鮒(ふな)が田川で釣れて、病人が食べたところ病が癒されたという伝説がありまして、その鮒を模した縁起物が黄ぶなの民芸品です。昔は農家の副業としてつくっていて貴重な現金収入になっていましたが、時代とともに作る人がいなくなってしまったんです。その技術は浅川仁太郎さんが継承していましたが今から20年くらい前に85歳で亡くなられた後は、黄ぶなの民芸品は1~2年途絶えてしまいました。元栃木県立博物館部長の尾島利雄先生が、私に「お前は宇都宮に生まれたんだから後を継いで作れ」とすすめてくれました。はじめは「めんどうだからいやだ」などと言ったんですがね。しかし先生に強くすすめられて作るようになったんですが、今は尾島先生に本当に感謝しています。

佐藤 どの地域に行ってもそれぞれ歴史や伝統文化、伝統工芸品はありますし、地域文化をわかりやすく伝えるモノを持っていて、昔からの伝統文化の中に厄除けとか病を癒すといった言い伝えが各地にたくさんあります。30年くらい前にわたしたちが「まちづくり」をやっていた頃は宇都宮市にそういったモノがありませんでした。海外を含めてですが、(交流するとき)ピンバッジなどを交換をするのに、交換するモノが何もなかったんですよ。約20年前頃でしょうか?黄ぶなのグッズ類ができて、「うちにもあるんじゃないか!」と。そういう意味で黄ぶなはこの地域の伝統文化の工芸品として用いることができます。

小川 宇都宮市が「宮のものづくり達人制度(卓越した技術・技能を持つ、ものづくりに携わる人々を認定する仕組み)」を作ってくださり、私も登録されていますので、市内の小学校で土曜日に郷土玩具の「黄ぶな教室」を開いています。黄ぶなについて話をして、こどもたち自身に製作体験をしてもらっています。昔は地元で生まれ育ったというこどもが大半でしたが、宇都宮市は地方からの転勤者が2~3割もいますので黄ぶなについてご存知ではない方(大人も)も多いんです。そういう意味では私はそのような制度で学校に派遣されるのは大変ありがたいと思っておりますが、こどもたちは「黄ぶな?あっバスで走っている」って、必ず言ってくれます。

佐藤 「黄ぶなバス」は大変目立ちますからね。周りに障害物があってもバスのほうが大きいのでよく見えるんですね。あれはいい仕掛けですね。

小川 前市長(現栃木県知事)のときに「黄ぶなバス」と命名したので、「バスが走ったおかげで数匹多く売れるようになりました(笑)」って、お話しいたしました。大いに感謝しております。

『黄ぶな物語』

『アユルものがたり―那須のくにのおはなし―』

『こだまを抱いて~白樺とキジバトの物語~』

資源は人、「人間力」を高めるために

佐藤 大きな話になってしまいますが、日本という国は島国で資源も乏しくて、人口もこれからは減少期に入っていきます。そのような小さな国が世界の中で持続し発展していくためには、何と言っても人間力だと思います。人が資源、国の資源は人間力です。先人が繰り返し、繰り返し、高い人間力を作り上げて、小さい島国ながらも世界の中で発展してきたと思います。我々も現役ですから人間力を身につけながら、次のこどもたちに人間力を高めてもらうようにすること、それが私たちの仕事だと思います。

人間力を高めるためには、学力だけではなくて、日本の伝統文化を理解し守っていくことが大切です。それぞれの地域の文化の伝統、工芸を大切にすることです。海外に行ったときの日本人としての振る舞いなども含めて、自分のアイデンティティとしての伝統文化がわからなければ海外で通用しません。こどもたちにそれをきちんと伝えていかなければなりません。各国の国営放送はどんどんその国の文化を放送しています。例えば、経済面などでは自国のテクノロジーに投資をしてもらうように、その技術力をアピールしています。観光に来ていただくようにと自分たちの国の素晴らしさをアピールするなどしています。日本もそのようにアピールして外国の方々に来ていただいたら、他国と違う文化があるわけですから、日本の(地域の)伝統芸能、工芸、文化、で「おもてなし」をするというようにですね。そうすることで自然に人間力が自分のうちに高まっていく。なおかつ、日本が発展していくための観光資源をつくることができると思います。そこで市としては、学校の中で伝統文化、伝統工芸品を身近に知ってもらうという授業を行っています。その一環として、黄ぶな作りなどをしていますが、それは学校の中だけではなくて「ふるさと宮まつり」でも黄ぶな作りなどのイベントもしましたね。

小川 おかげさまで2日間のお祭りで、1日100人くらいこどもたちが来ましたね。

市の伝統文化の保持と継承

小川 江戸時代から作られている黄ぶなですが、今度は私が次世代に繋がなければならない。こどもたちに「おじちゃんは今バトンをもって走っているんです。このバトンを誰か受け取ってくれる人がいると思っています」と話しています。

それにしても黄ぶなの配色は素晴らしい。黄色、緑、赤、黒が巧みに組み合わされています。こどもたちに「黄ぶなは赤い顔をしていますが、何故でしょう」と話します。中国で厄除け病気除けをするときは四方に柱を建てて赤い布をたらしその中で厄除けのお祓いをしたことが日本に伝わってきたと説明します。例えば、赤ベコ、だるまさん、デンデンダイコなども赤色です。赤色は厄除けの意味です。

1995年(平成7年)に栃木で「国民文化祭」がありましたが、秋篠宮殿下と紀子様がお見えになられたときも、そのように説明させていただきましたところ、夕方に宮内庁から連絡があって2匹お買い上げになってくださった。嬉しかったですね。職人は作ったモノを買っていただくのが何よりも嬉しいですよ。

佐藤 私も先日、高円宮殿下がお見えになられたときに黄ぶなを差し上げました。喜んでお受け取りくださいました。

小川 それは本当にありがとうございました。

佐藤 先ほど話しましたように私たちが、伝統文化をアピールして次の世代に継承させることですね。観光資源となるような伝統文化を掘り起こすことです。学校の中で身近に触れてもらう。授業の中で黄ぶなを作って、伝統文化に自ら触れ合うことで、より身近に感じます。小川さんのように現役で伝統文化を継承している方々の活動への支援も大切です。例えば、「さかづら逆面の獅子舞」「かえん火焔太鼓山車」などの伝統文化の保持、修理費用などの支援などです。この地域の伝統文化伝統工芸を保持し継承するために、私たちも共に協力し支援していきたいと思います。後継者作りも現場任せでは無理です。黄ぶなのような、こんないいものがなくなってしまったら、取り返しがつかないことになります。

「ふくべ洞」前で妻の春子さんと小川氏

夫婦で伝統工芸を作り続けて守ってきた

宇都宮の民芸品「黄ぶな」をもつ佐藤市長

ふくべ教室のこどもたちの作品

こどもたちのための教材として

小川 『黄ぶな物語』の作者、立松さんの意図するところは、自然環境の保護をテーマにしています。自然を破壊すると人間は甚大な被害にあうという警鐘を鳴らしています。こどもたちも立松さんの絵本の「黄ぶな」の話を聞いて、また、自分の手で黄ぶなをつくるという体験などを通して、黄ぶなが身近なものとなり民芸品としてこれからも残ると思います。私は呼んでくださるところにはどこへでも行きたいと思います。

佐藤 題材、教材は必要です。「環境を破壊すると元にもどすのは大変なことなんですよ」と言ってもなかなかピンとこないですが、立松先生や桃子さんが作ってくれた題材、教材によって自然環境を守っていくことや、その必要性を学ぶことができます。「どのように守っていったらよいのか」などと考える副読本になりますね。

小川 地元の小学校でもっと積極的に取り上げてくれるといいですね。

佐藤 宇都宮市には小学校68校、中学校25校、全校の図書館に司書の方がいます。読み聞かせだけではなく、読書指導などをやっています。読書量は日本全国でベスト5に入っています。学力に関しても宇都宮は上位に入っています。読む力がつかないと学力はあがらないんです。それで司書の方を1人づつ配置したのです。我らが郷土の誇りである立松先生が書いたんだということは、こどもたちにも身近に感じますから、学校の司書の先生方にご推薦いただいて、こどもたちに読んでほしいと思っています。

小川 黄ぶなに関して商売の面からは、お正月の三が日、あと「だるま市」の1日、1年で4日しか販売することができないですが(笑)、私は江戸時代からの伝統文化を絶やすことなく後世に伝える役目があると思っています。

佐藤 なんといっても「こども」ですね。今のこの社会を少しでも良くして次のこどもたちにバトンを渡すのが我々の責任です。「あの時代の人たちは何をやっていたんだろう」と言われないように、「一生懸命やってくれてありがたかった」と思われるように。そしてこどもたちも「先人たちがやってきたことを引き継いで、もっといいまちにしよう」とか「人間力を高めよう」と思ってくれるとありがたいですね。いつの時代も繰り返してやってきたことを、我々の時代で「やめた!」ということはできません。やっていかなければなりません。今のこどもたちは、我々のときと環境も違い大変だと思います。いいことばかりではなく悪いこともどんどん情報が入ってきますから。もっとこのような(伝統文化などの)純粋無垢になれるようなものに触れてもらいたいですね。

小川 今日は、お忙しいところを本当にありがとうございました。

佐藤市長と小川氏。対談を終えて

(構成:ビオス編集室(2014.8.29収録))