平成2年6月、武家屋敷と桜の角館病院から、花火で有名な大曲の病院へ異動した。本院から車で15分の精神科分院である日、入院患者に肺結核が見つかった。結核は「法定伝染病」である。いつどこで誰と接触したか、感染ルート調査のため保健所が入り、入院患者と職員全員が検査を受けた。その結果、薬剤師1人が無症状なのに陽性と出て、哀れ、本院の隔離病棟へ強制収容されてしまった。
その7年前、内科医として働いていた別の病院に集団コレラの3家族7名が収容され、私が全員の主治医になった。コレラも法定伝染病(現在の感染症法3類。結核は新型コロナと同じ2類)である。隔離病棟に現れた保健所長は犯罪捜査以上に厳しく患者たちを取り調べ、過酷な追求に泣き出す女性もいた。コレラも結核も検査が陰性になるまで外出厳禁である。「医療保護」で強制入院となった精神科患者だって症状が緩和すれば外出は可能だ。法定伝染病には憲法が保障する移動の自由はない。
一方、今回の新型コロナ感染者の行動歴調査ではプライバシーを楯に口を割らない輩が増えているらしい。感染者には濃厚接触した相手がいるはずなのに調査が甘いと人々はますます不安になる。野放しの海外旅行者も同じ。近所の救急隊員が次のような話をしてくれた。
体温38℃の大学生から電話が入った。迎えに行って搬送の道すがら「1週間スペインを旅して2日前に帰った」と判明。指定病院の特設『発熱外来』に搬入したところ、「PCRの結果が出るまで隊員は救急車内で待機」と医師に指示された。3時間も待たされ放免となった彼らは怒る。今のスペインに卒業旅行、しかも発熱だけで救急車…。
伊仏米など欧米各国政府は「家にいろ」と国民に命じ、罰則まで設けた。東京都もやっと3月下旬に「なるべく家から出ないで」と知事が訴えた。その要請に応えた近所のおばちゃんが「週末の3日間、家にいた。テレビで小池さんが言うから」…あのね、秋田は東京と違って人がいないから大丈夫。3月初旬に豪州は出国禁止、入国後2週間隔離、隔離中の宿代は自腹と決めた。日本は月末にやっと渡航・入国禁止を「検討する」とし、費用でもめている。
イタリアでは病院職員の10%が感染するなど医療崩壊が顕著だ。救命機材や防護衣が底をついたのに重軽症を問わずウイルスまみれの人々が病院に殺到する。「発熱くらいで病院に来ないで!」と叫ぶ女医の動画に涙を誘われた。しかし、この調子で新型肺炎が蔓延し、老人を中心に死者数が増えるとイタリアの平均年齢は下がる。豪州の友人は「自宅蟄居を若者が守れば来春はベビーブーム。新型コロナも悪いことばかりではない」というが…。
角館は桜祭り中止で出店禁止、大曲の花火も危うい。春休みに帰るという獣医大の末娘に家人は「ダメ。コロナを持ち込めばうちのクリニックは2週間閉鎖。喜ぶのはおとうさんだけ」と突き放した。(2020/4/2)
かわいい親友と(2019年3月 下野市橋本)
謎のちゃりんこ少年
ハートインクリニック近所の一番桜(潟上市)
東風吹かば匂ひおこせよ桜花(角館に)花見なしとて春な忘れそ(KOYA 豪州)