『ウェーブ』1,100円(税込み)
「ウェーブ」は、自動車メーカーに勤める男の短編小説など5編を収めた一冊です。著者・牧野重治さんのサラリーマン時代の体験が基になっていて、中でも通算17年の海外勤務の経験が作品に生かされています。軽やかで簡潔、抑え気味の筆致のなかに、社運を賭けたプロジェクトに挑む企業戦士のプライドが見えてきます。
主人公・原島は自動車メーカー社員で、部品調達に関わる購買部門のエキスパート。第1話「ハヤブサ」では上司の須崎が主人公で、第1話と第2話以降は社名も違い、それぞれ独立した物語ですが、登場人物はつながっていて、架空の会社が舞台ながらも実録のような面白さ、リアリティーがあります。社内での課題だけでなく、取引先の経営状況もプロジェクトの成否に関わるので、ときにはそれらに親身に向き合い、ときにはドライに体質改善を求めていくといった場面もあります。終始、現場の目線から描かれた経済小説、企業小説です。
第2話は表題作「ウェーブ」。原島はお屠蘇気分も抜けないなか、真冬の成田を飛び立ち、気温30度のタイ・バンコクに降り立ちます。二輪車工場の購買責任者として赴任。工場増築か、新たな取引先を開拓しての外注強化か、増産への対応を迫られ、続いて低所得者層を狙ったニューモデルのバイク開発に関わります。
「我々日系の製造業者が海外で事業展開するにあたり、肝に銘じなければいけないことを原島は感じ始めていた。それは、現地の人が生産し、現地の人が販売し、現地の人が購入する。ブランドは日本であっても、よその国に来て商売をさせていただいている、という観念である。このことを今後忘れずに、駐在期間を行動していこうと心に決めた。」(第2話「ウェーブ」)
赴任先の国での国民性や経済慣行、そのときの世界経済情勢などが絡み合った状況下で原島たちは課題解決の道を探っていきます。
第3話「ブリオ」では、原島はリーマン・ショックで世界経済が混乱しているさなかにインドに異動。販売実績でライバル会社に差をつけられているなか、廉価車プロジェクトに取り組みます。「いいクルマなんだけど、何故か売れない」。業界内で言われる弱点克服のため、この国での売れ筋の値段、4ラック車(80万円前後の自動車)の開発のため、部品購入のコストカットに挑みますが、これもなかなか簡単ではありません。どうやって乗り越えるのか。各部門が協力し合ってプロジェクトが進んでいく様子が人の動きとして描かれています。
「また相変わらず原島さんはハードルの高いことを簡単に言うね。でも他社も活用していると聞いているので、調べてみる価値はあると思うよ。何せ今回のインド廉価車プロジェクトは社長以下かなり気合が入っているからね。ダメ元でやってみますか」
登場人物のセリフから、現実的で常識的に対応しながらも、どこか楽天的で常に前向きな主人公・原島の姿が映し出されます。この主人公の持つ雰囲気は作品全体にも共通しています。
ときにはトラブルも発生。原島は「コストカットの本命」とされる改革に取り組む一方で、あまりにも安価な部品の提案は厳しくチェック。安全性や品質確保とのせめぎ合いも緊迫感ある場面です。困難には幾度も突き当たりますが、重苦しい雰囲気は一切なく、自動車業界とは別の世界から見る人にとっては新鮮な発見が随所にあります。一方、同業者なら「それ、あるなぁ」とうなずきたく内容かもしれません。
一つのプロジェクトを成し遂げ、ドラマならば、ここで話は一件落着ですが、企業戦士は常に次の戦いが待っています。第3話「ブリオ」のラストでは、次の赴任先が決まっています。次の舞台では何に取り組むのだろうか……という次回作への期待が大きく膨らみます。
一転して、第4話「タイ・インド・ブラジル」、第5話「ある定年退職者のくらし」は軽妙なエッセ―風。「タイ・インド・ブラジル」は牧野さんの赴任経験がある3カ国についての私的比較論。気候、国民性、食事、生活環境、治安などビジネスマン目線の分かりやすい実践論です。「ある定年退職者のくらし」はタイトル通りの定年後の生活を綴ったもので、体力づくりとダイエットなどでさわやかに一日が始まり、ルーティーンと優雅なひとときなどについて軽妙なタッチで話が進みます。同世代ならずとも、うらやましく感じる一方で、共感できる部分も多い日常が綴られています。
書籍情報
・書籍名:ウェーブ
・著 者:牧野 重治
・発 行:(有)アートセンターサカモト
・〒320-0012 栃木県宇都宮市山本1-7-17
・TEL : 028-621-7006 FAX : 028-621-7083
・ISBN 978-4-901165-33-4
・価格:1,100円(税込み)