『キャスト』1,100円(税込み)
『キャスト』は時代の流れの中で事業拡大、事業継承に奮闘にする企業経営者を主人公にした2編の長編小説「キャスト」「ドリーム」を収録した一冊です。
著者・牧野重治さんは2023年、短編5編を収めた『ウェーブ』を出版しています。2冊目となる今作は、大手自動車メーカーに勤めた著者本人の実体験を基にした前作とは違い、2つの工場経営者家族の物語です。モデルとなったのは親戚や取引先でしょうか。
モデルがいるといっても、その実生活をそのまま小説にしたわけではないとは思いますが、工場の現場、登場人物の工場経営に対する向き合い方などは著者自身の長年の経験が生かされたリアリティーに満ちています。丁寧な筆致のなかに町工場の音や臭い、空気感みたいなものが感じられるのです。
第1話「キャスト」は、テレビ画面から流れる大相撲の結びの一番と、轟音を響かせる「吹き」と呼ばれる作業の様子から物語が始まります。舞台は東大阪。町工場を経営する森山家の長男・明は野球に打ち込みながらも夢破れ、一転して勉学に励み、大学工学部に進み、メーカー勤務を経て実家・森山鋳造所に入り、姉、弟らも交えて実家を鋳物工場から機械加工を加えた中堅企業へと発展させます。
「お父ちゃん、業容拡大やろうや」
「よっしゃ、決まりやな。早速検討始めよう。ええやろ、お父ちゃん」
森山鋳造所は森山製作所と社名を改め、株式会社として再出発。明はたくましく成長し、工場の増設、自身の結婚といった人生の転機を迎え、好調な日本経済と米国での日本車排斥運動といった環境の変化が進むなか、取引先から誘われる形で海外進出の話が持ち上がります。現地で機械加工を担当する弟を励ます明。そして、社長である父・泰造が決断します。
「森山もここまで来たら、次の段階に進まんとあかんやろな。日本の景気ばっかり気にしてたらスケールは大きくならんし、そこまでやしな」
この後も経済状況の変化があり、家族経営企業には避けて通れない事業継承問題に直面。そして、そのタイミングで大きな決断を迫られる案件が持ち上がります。森山製作所はどう対応していくのか……。高度経済成長の時代からバブル期を経て、21世紀に向かう数十年間もの月日は、そのまま主人公の半生を描いたドラマです。
第2話「ドリーム」はタイが舞台。日系企業に勤め、課長まで昇進したタイの青年2人、チャチャイとセキソムが独立して部品工場を立ち上げ、従業員を大切にするポリシーを貫きながら工場をどんどんと大きくしていきます。
2人は中古の機械4台だけの「お世辞にも素晴らしい工場とは言えない」状態からスタートし、価格競争力だけを武器にコツコツと事業を進めていきます。そして、排ガス規制という社会の変化をチャンスにしていきます。2サイクルエンジンのオートバイの新規製造が規制され、4サイクルエンジン車増産の波に乗って受注を拡大し、ついには大企業へと成長していくさまは、まさに新興国におけるアジアン・ドリームです。
また、日本のメーカーとの連携、アジア通貨危機という未曾有のピンチで見せた対応力は実にユニークです。そして、このとき始めた事業がラストにも大きく関わってくるのですが……。
この物語でも、それぞれの子どもたちを絡めて事業継承が大きなテーマになっています。2編を通して登場人物はみな誠実で、常識的で、バイタリティーがありながらも他人を尊重する魅力的な人々です。数々の問題には現実的に対応し、そこに大げさではないリアリティーがあります。
表紙の絵は、やまなかももこさん(作家・立松和平長女)。昭和の温かさ、元気さを感じさせるかわいさが朝ドラのオープニングをイメージさせ、主人公たちの半生を描いた2編の物語とマッチしています。
書籍情報
・書籍名:キャスト
・著 者:牧野 重治
・イラスト:やまなかももこ
・発 行:(有)アートセンターサカモト
・〒320-0012 栃木県宇都宮市山本1-7-17
・TEL : 028-621-7006 FAX : 028-621-7083
・ISBN 978-4-901165-35-8
・価格:1,100円(税込み)